岐阜県の地方銀行最大手、十六銀行を傘下に置く十六フィナンシャルグループ(FG、岐阜市)は今夏、日本M&Aセンターホールディングス(HD)と新会社を設立する。後継者不在に悩む企業の局面打開の一策として、地方銀行がM&A(企業の合併・買収)支援に本腰を入れ始めた。【太田圭介】
中小企業の事業承継を支援する会社を巡り、単独の地銀が出資するのは全国初という。
「事業承継で幅広い支援が可能な日本M&AセンターHDと、顧客基盤や人的ネットワークが強みの当行が手を組み、一社でも多くの地域企業の存続を支援したい」。4月6日、名古屋市内であった合弁会社設立を発表する記者会見で、池田直樹・十六FG社長はそう力を込めた。
M&A仲介国内2位のM&Aキャピタルパートナーズ傘下のレコフ(東京都)の沢田英之企画管理部長によると、地銀にとって従来は付随的な業務だったM&A関連ビジネスは、今や融資などの本業と同じレベルで取り組む分野として位置づけられているという。沢田氏は「M&A情報をキャッチして本店にどれだけ報告できるかで支店ごとの成績や行員の人事考課が決まる銀行もある」と明かす。
◇「M&A」最多の4304件
民間調査会社の帝国データバンクによると、全国・全業種約27万社を対象とした2022年調査で、後継者がいないと答えた企業は57・2%と半数を超えたものの、調査を開始した11年以降、初めて60%を割った。他方、企業代表者の就任経緯を見ると、22年は買収や出向を中心にした「M&Aほか」の割合が20・3%と調査開始以降で初めて2割を超えた。
レコフによると、日本企業が当事者のM&A件数はリーマン・ショックの影響が沈静化した12年から増加傾向にあり、同年の1848件に対し、22年は過去最多の4304件を記録した。レコフの沢田氏は、全体の件数を押し上げている要因として、後継者不在の局面をM&Aで打開しようとする動きが一定水準あるとみている。
◇リスクや抵抗も
M&Aは企業の生き残りに効果を上げる一方、買収される企業にはリスクや「見えない壁」も立ちはだかる。M&A業務に関わった東海地方のある地銀の元役員は「『自分の代で会社を潰した』と親族や取引先から批判されるのを嫌う老舗の企業もある」と、買収される企業側の心理を明かす。M&Aの理解を得るため「新会社に旧屋号を残すといった配慮もしている」という。
22年の後継者不在率が62・9%と全国9番目に高かった岐阜県。同県山県市で高級シャワーヘッドや自動車部品などを手がける金属加工メーカー、田中金属製作所は20年8月、下着通販大手・シャルレ(神戸市)に全株式を譲渡し、同社子会社のTKSとして再出発した。
田中金属製作所2代目社長の田中和広氏(55)には娘2人がいるが後継者はおらず、田中金属にとって事業承継は長年の懸案だった。「大企業のシャルレには(会社を効率的、健全に運営する)内部統制システムなどのノウハウがあり、社員の生活も安定する」と考えた田中氏。田中金属製のシャワーヘッドを売りたいシャルレとも利害が一致し、M&Aが成立した。
しかしその後、M&Aを主導したシャルレ経営陣が交代し、状況は一変した。経営方針の見直しに伴い、シャルレは今年3月、TKSから部品製造部門を分社化し、社長の田中氏に全株式を譲渡したのだ。
高収益のシャワーヘッド部門はTKSに残り、田中氏は部品製造専業の新会社での出直しを余儀なくされた。最盛期に約50人いた社員の多くはTKSに残った。新会社は社名を元々の「田中金属製作所」に戻して田中氏が会長に就任、社員は12人に減った。
親会社に翻弄(ほんろう)される格好となった田中氏。それでも前を向いて「身の丈に合った経営で難局を切り抜けるしかない」と語る。再起を図り、新会社では音響機器部品の製造を手掛ける。
最終更新日:5/21(日)18:45 毎日新聞