九州にはなぜ甘いしょうゆが多いのだろう。ずっと気になっていた疑問の答えを探ろうと、取材先で理由を聞いてみた。
まずは、日本醤油協会発行の「しょうゆの不思議」をひもといてみる。しょうゆの基本的な知識を紹介している同書は、九州の砂糖の年間購入量が全国平均を上回っており、「地域の好みに合わせてつくられていると言える」と指摘。甘いものが好まれる要因として次の説を挙げている。
(1)気温が高いほど生理的に甘いものへの欲求が強い(2)サトウキビの栽培が盛んで砂糖が手に入りやすかった(3)江戸時代、長崎の出島を通してオランダと貿易が行われ、そのルートで大量の砂糖が輸入された―。
同書はまた、しょうゆが甘い理由について、漁師が船上で食事を作るとき、それ1本あれば事足りたため、との説も紹介している。
鹿児島県醤油醸造協同組合の日高修専務理事は、甘いしょうゆに関し「おもてなし」説にも言及。江戸終期の文献に、鹿児島でそばを振る舞ってもらったが、つゆが甘く口に合わなかったとの記述があるという。貴重な砂糖が比較的手に入りやすかった九州では甘い料理は最高のもてなしで、いつの頃からか、しょうゆも甘くするようになったのかもしれない。
日高専務理事は、しょうゆの不思議にあった(1)に関し「温暖な気候で汗をよくかき、カロリーも消費する。そのため体がカロリーを補う糖分も欲するのではないか」と説明してくれた。
@ @
「醤油ソムリエ」としても活躍する福萬醤油(福岡市)の大浜大地さんは「しょうゆの味は、その地域で取れる魚と密接に関わっている」とする。南に行くほど脂の乗った魚が多く取れるため、刺し身にしたとき脂にはじかれず、魚の味にも負けない、甘くてとろみのあるものになったとの分析だ。
大浜さんはまた、九州では各家庭を1軒ずつ回る御用(ごよう)聞きが今も根付いており、「もっと甘くして」「この食材に合うものを」など、地域の声を反映しやすい面があるとも指摘する。
長崎県平戸市の岩野上醤油醸造場が手掛ける「キッコーイワさしみ醤油」は、そうした商品の一つ。アジやサバを中心とした巻き網漁が盛んな生月島の漁師から「刺し身に合うもっと甘いしょうゆを造ってほしい」と依頼されたのが、誕生のきっかけだったそうだ。南九州のある醸造所では「甘くないとケチって言われたみたいですよ」と教えてもらった。
九州でよく飲まれる焼酎は日本酒などと違って糖分を含まない。焼酎には甘い料理が合うため、しょうゆも甘くなったという説などを、別の人から聞いた。九州のしょうゆはいろんな要因が混ざり合い、甘い味になっているのだろう。
(黒田加那)
九州でもトップクラスの甘さで知られる藤安醸造(鹿児島市)の「ヒシク専醤」。なぜこんなに甘いしょうゆを手掛けることになったのか。同社が「甘さを極めた」という専醤には、意外な開発秘話があった。
藤安醸造は1870(明治3)年創業の老舗メーカー。約20年前にデビューした専醤は同社では歴史の浅い商品だが、見る見る売り上げを伸ばし、主力商品に成長した。
「お歳暮でもらったしょうゆがしょっぱくて使えない」。専醤の開発は、藤安秀一社長が耳にした顧客の一言がきっかけだった。甘口に慣れた鹿児島県民には、関東などのしょうゆは塩辛くて使い道に困る。「混ぜれば、それぞれの口に合う『マイしょうゆ』ができる。思い切り甘いものを造ろう」(藤安社長)。専醤はブレンド用の商品として開発が進められた。
県内や宮崎県南部から甘いと評判のしょうゆを30種類ほど集め、「より甘いものを」と試行錯誤。砂糖が多すぎると溶けにくく、口にべたつきが残る。砂糖や甘味料の最適な配合を探りながら、甘さとうま味、切れにこだわったしょうゆを複数試作。社長以下、全社員で目隠しをして試作品と他社製品を比較し、全員が「一番甘い」としたのが専醤だったという。
「最初は『こんなに甘くて高いしょうゆは売れない』と社内は大反対だった」と藤安健志専務。甘いだけでなく、価格は県内の一般的な商品より1リットルで100円以上も高かった。だが、その味は県民の心をつかみ、同社のしょうゆで1番の売り上げを誇る大ヒット商品となった。
「ブレンド用に開発したが、そのまま使う方が人気」(藤安専務)。当初の狙いは外れ、直接料理にかけたり煮物に使ったりする人が多い。九州外でも、卵かけご飯や馬刺しなどに使えると、購入者が増えているという。「一度使うと抜け出せない」。そんな声もあるそうだ。
最終更新日:1/19(火)17:39 西日本新聞