令和5年3月末で大学教員らが大量に雇い止めになる-。かねて懸念されていたそんな事態が現実化しつつある。今からちょうど10年前、平成25年4月施行の改正労働契約法により、契約社員らの契約期間が5年を超えると、無期に転換できるようになった。しかし一部研究職では「10年超」とする特例が設けられ、今年3月末が最初の「満期」に。そこで契約を打ち切られ、訴訟に発展するケースが相次いでいる。
■トラブル頻発
有期契約の非常勤講師として大阪大で勤務していた50代の男性は今年2月、同じ立場の3人とともに、阪大から違法な雇い止めをされたとして、無期雇用への転換が認められる労働契約上の地位の確認を求めて、大阪地裁に提訴した。
「10年目になるので契約は令和4年度が最後」
訴状などによると、平成25年から働く男性は昨年1月、大学側からこう告知され、実際に令和4年度をもって契約を切られた。
男性らの代理人を務める鎌田幸夫弁護士は、大学側の対応について「10年特例による無期転換権の発生を回避するのが目的で、脱法的だ」と批判。阪大は「係争中のため取材には応じられない」としている。
理化学研究所でも、4月に無期転換権を得るはずの研究者ら約200人が雇い止めになるとして労働組合などが反発、一部研究者は訴訟を起こした。労組は4月以降の雇用状況を調査しているが、「多くは契約が更新されなかった可能性が高い」と話す。
■転換は4%未満
そもそも10年特例はどんな経緯で設けられたのか。平成25年の改正労働契約法が無期転換権発生の「5年ルール」を定めたのは、非正規労働者の雇用安定を図るのが目的だった。
だがこの5年ルールについては、研究開発の現場から異議が出た。
一般に研究者は有期のプロジェクトに複数参加し、実績を積んだ上で終身職の教授(テニュア)などへの就任を目指す。だが基礎研究や重要プロジェクトでは有期の期間が5年を超えることも多く、成果が出るまでに時間がかかる。そこに5年ルールを適用すれば、大学側や研究機関がプロジェクトの成否を待たず、リスクヘッジとして有期契約者を排除しかねない。こうした事態を避けるため特例が設けられた。
ただ10年特例を巡っては立法段階から「労働者の無期転換権を先延ばしするものだ」として、余計に不安定雇用を助長しかねないと懸念が出ていた。
文部科学省の昨年9月の調査によれば、今年3月末で丸10年となる特例対象者は681機関で約1万2千人。このうち無期契約を結ぶ見通しが立っていたのはわずか3・9%にとどまっていた。
■解釈でも争い
10年特例の対象者の解釈でも、大学と教員側で争いが起きている。
この点について、大学教員任期法は「先端的、学際的または総合的な教育研究」「多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職」などと抽象的に定めるのみ。立法趣旨からは主に研究開発部門の人材を指すとみられるが、国会の審議過程では「講師は常勤、非常勤を問わずこれに該当する」旨の答弁もあり、幅広い解釈を許す要因となっている。
羽衣国際大(堺市)で専任教員を務めていた女性が、5年ルールによる無期転換を求めた訴訟では、大学側が10年特例が適用されると主張、女性が特例対象か否かが争点になった。
1審大阪地裁は女性を特例対象として請求を棄却したが、2審大阪高裁は「講師=特例対象」と即断することは「立法趣旨を没却する」と指摘、対象者かどうかは具体的な職務内容から判断すべきだと判示した。その上で、女性が大学で教えていた内容が介護福祉士の受験対策などだったことから、「研究という側面は乏しい」として特例対象とは認めず、無期契約をせずに雇い止めにした大学側の対応を違法とする女性側逆転勝訴の判決を言い渡している。
研究職のキャリアに詳しい一般社団法人「科学・政策と社会研究室」の榎木英介代表の話 「5年で成果を出すのが困難な研究分野もあり、早期に見切られるリスクを軽減し、研究に専念する時間を十分に確保するという点で10年特例には一定の意義がある。ただ、問題の先送りという非難も免れない。国からの研究資金は競争を促す目的でプロジェクトごとに支給される形が多く、大学側は長期的な人件費の確保を見込めないとして、無期転換に慎重になってしまう。人材の『使い捨て』や国外流出を防ぐためにも、雇用を確保するための幅広い予算措置が必要だ」
最終更新日:5/10(水)17:29 産経新聞