新聞は正月特集で未来感のある記事やコラムを紹介する。鉄道の新路線や技術の話題は格好の材料だ。2018年は日本経済新聞が「奥羽新幹線」構想を紹介した。19年は河北新報が「秋田新幹線新ルート」、神奈川新聞が「市営地下鉄あざみ野~新百合ヶ丘延伸」に触れた。20年は北海道新聞が「新千歳空港駅移転拡張」、共同通信が「JR東海の在来線新型車両開発」を報じている。スクープ記事ではなく、新春ネタ用に温めているようだ。
21年の正月は「第2青函トンネル」だ。日本経済新聞電子版が1月2日に「『第2青函トンネル』現実味? 巨大インフラの皮算用」と題した記事を配信した。これは北海道経済連合会が20年11月2日に札幌で開催したシンポジウムで、JAPIC(日本プロジェクト産業協議会)によって発表された内容だ。JAPICは建設会社や商社など全国200の企業・団体が参画し、産官学の連携で国家的諸課題を研究する組織。一般社団法人である。
北海道新聞は11月22日に「第2青函トンネルに新案 産業協議会 上に自動運転車、下に貨物列車 関係者『集大成に近い』」という記事で、「年内に国土交通大臣に提案する」と紹介した。提言書は12月9日に赤羽一嘉国交大臣に手渡された。
提言書のうち、第2青函トンネル改め「津軽海峡トンネル」は【構想事例I】としてJAPICのサイトで公開されている。詳細はその資料を読んでいただきたい。この資料の公開前、20年11月の記事では、大型シールドトンネルのイラストのみ公開されていた。トンネル内部を2階建てとし、上階に自動運転自動車専用道(片側1車線)、下階に貨物鉄道用の単線と緊急避難通路を配置する。
この時点で、2つの疑問が生じた。鉄道部については、総延長31キロの単線で輸送力は足りているか。道路部については、自動運転技術がそれほどあてになるか。自動運転について私は明るくないので他の識者に任せるとして、鉄道部はどうか。
現在、青函トンネルの貨物列車の最高速度は時速110キロだ。勾配の上り下りを考慮せず、全区間を最高速度で走ったとしても、「津軽海峡トンネル」31キロの走破に20分程度かかる。つまり、上り列車と下り列車を交互に走らせる場合、1時間あたり約1.5往復しかできない。後述の急勾配を考慮すれば常に時速110キロは厳しい。走破に30分以上はかかる。そうなると、24時間フルに走らせても48本だ。ただし、保守点検の時間をとれば、24時間は不可能といえる。
貨物時刻表(20年3月改正版)によると、現在、青函トンネルを走る貨物列車は24時間で定期列車が上下合わせて38本。臨時列車が上下合わせて13本設定されている。合計51本になるから、48本以下では現在の輸送量を維持できない。
ダイヤを工夫して、交互通行ではなく続行運転してはどうか。例えば下り列車を5分おきに4本連続で走らせて、その後で上り列車を4本連続で走らせる。これなら計算上は35分で片道2本を運行でき、70分で2往復4本の運行が可能だ。ただしこれは計算上の話だ。札幌や青森から続行運転は難しいし、トンネル手前に待機用線路が必要。そして何よりも、荷主の要望に即したダイヤにならない。世の中の物流は青函トンネル中心では回らない。
鉄道の第2青函トンネル構想は、新幹線を高速化するため貨物列車用のトンネルを作ろうという趣旨だったはずで、北海道と本州の物流を活性化させるためのプロジェクトだ。貨物列車を現行より増発できる可能性も担保したいところだ。
まだ気になるところがある。図面では内径15メートルのシールドトンネルとなっているけれども、これは現在の技術では最大径だ。このままならば収まるとはいえ、鉄道施設は線路だけではない。30キロ以上の区間では保守用車両や資材を置く場所が最低2カ所必要だ。これがないと夜間保守作業時間が取れない。信号関係の設備や車両に給電するための変電設備も数カ所必要だ。その空間を確保するためには、さらにトンネルを拡大する必要がある。
【構想事例I】では貨物列車の運行本数は維持するとあり、おそらく検討段階で行き違い設備は考慮されていることだろう。しかし、シールドトンネルは部分拡幅には向かない工法だ。
トンネルの長さが短いことも気になる。青函トンネルは海底部と陸上部を合わせて53.85キロだ。「津軽海峡トンネル」は31キロと3割も短い。これは深度を浅くするだけでは実現できない。シールドトンネルは地質の影響を受けにくいから直線的なルートをとれる。しかし、海面下130メートル、海底下30メートル程度の地点を結ぼうとすれば直線にはならない。
これだけの要素を勘案するだけでも、シールドトンネルとするならもっと内径を大きくする技術が必要だし、付帯的な施設も含めると、この見積もりで建設できるかどうか。鉄道に関しては、もう少し鉄道施設や土木に詳しいメンバーに参加してもらったほうが良さそうだ。
鉄道だけでもこれだけ考慮点があるからには、自動運転車を使う道路部分も設計の深度化が必要ではないか。自動運転技術は進化できるか。また、低排出ガス車を前提に換気塔を省略してコストダウンを図ることから、自動運転車は内燃機関ではなく電気自動車を想定しているようだ。ただし、バッテリー駆動車両の場合、勾配区間が長引けばバッテリーの負荷が続き、発熱が大きくなるという問題がある。そのために2.5%勾配区間を短くし、全体的に緩やかにしているのかもしれないが。
一つだけ留意したい点は、開発見込みの技術をアテにしすぎた構想は危うい。これはフリーゲージトレインを見込んで混乱した長崎新幹線や、バッテリー駆動や燃料電池の開発をアテにして失敗した川崎縦貫鉄道(地下鉄)の教訓でもある。
苦言めいた内容になってしまったけれど、JAPICによれば、今回の発表の趣旨は「第2青函トンネルの必要性と、事業面でも可能性があることを示したい」だ。それは全くその通りで、具体的な設計などはまだ先の話だろう。
注目したいところは【構想事例I】のうち、「北海道が我が国の食糧政策にとって重要」「新幹線の速度を上げて利用率を高める」という目的。そして、事業方式としての「PFI(Private-Finance-Initiative、民間による公共事業運営)」と「BTO(Build Transfer and Operate、民間建設・公共保有・民間運営)」という枠組み。サービス購入型運営によって公共(国・自治体)が民間事業者にサービス料を支払う仕組みで黒字運営を達成できると示した点にある。
JAPICは17年に『提言! 次世代活性化プロジェクト BEYOND2020』(産経新聞出版)を刊行し、その中で、第2青函トンネルは2本で構成し、内径10メートルの鉄道複線トンネルと、内径9メートルの自動運転車トンネルを示していた。概算事業費は約7500億円だった。20年の「津軽海峡トンネル」の概算事業費は約7200億円となっている。約300億円をコストダウンと見るか。私なら、差額300億円を上乗せしても、トンネル2本で鉄道を複線にした方が良さそうな気もする。
ともあれ、第2青函トンネルが北海道の活力になり、日本の食糧自給率を高め、国土強靱化につながることは間違いない。さらに深度化を進めて、実現に近づいてほしい。
(杉山淳一)
最終更新日:1/16(土)9:00 ITmedia ビジネスオンライン