幼いころ、シャツを裏表に着て、親から怒られた人も多いのでは。そんな心配がなくなるシャツを大阪府泉佐野市の企業が開発した。子供が手軽に脱ぎ着できるようにと考えたことがきっかけだが、体に障害のある人たちなどにも使いやすいと注目を集めている。誰もが利用しやすいモノやサービスを目指す「ユニバーサルデザイン(UD)」は、今後の商品開発に欠かせない視点になっている。
■子育て中に
裏表がないシャツを開発、販売するのは泉佐野市の服飾メーカー「HONESTIES(オネスティーズ)」。西出喜代彦社長(43)はきっかけをこう振り返る。
「息子が服を汚して、着せ替えに脱がすと必ず裏返しになる。洗濯でひっくり返すのも大変だ」。自身も裏返しで洗濯物を出し、妻にしかられたことも。何も考えずに脱ぎ着できたら便利だな-。そう考えた。
西出さんは、元は衣料品を手掛けていたわけではなかった。東大大学院修了後、人材サービス業「ディップ」(東京)でのサラリーマン生活をへて、同市でワイヤロープ製造を営んでいた父の会社を継ぐ。
そこで、会社をまったく違う業態に転換。地元、泉州名産の水なすなどを使った野菜の酢漬け商品を開発、「いずみピクルス」と名付けたブランドを立ち上げ、販売を始める。「地域社会への貢献」を企業理念に据えた。この理念から発展したのがシャツづくりだ。
泉州地域は繊維業が地場産業。この新機軸のシャツが完成すれば、地元への貢献もできると考えた。
着想から1年後の平成30年、同市の助成事業に申請。ふるさと納税を組み合わせたクラウドファンディング(CF)と、市の助成金で約3千万円の資金を調達し、地元企業とともに開発に着手した。
まずは第1弾として令和元年7月「裏表のない肌着」を発売。その後も裏表のない靴下やシャツ類、さらに肌着では前後もなくすなど新たな商品を男性用、女性用、子供用と次々と送り出した。
裏表をなくす工夫は随所に。前身ごろと後ろ身ごろを合わせる縫製には、2枚の生地を縫い目が目立たないように縫い合わせ1枚の生地のように仕上げるフラットシーマーと呼ばれる工法を採用。「前後もない」肌着では、ストレッチ性の高い生地で着心地をよくした。
西出さんは「縫製技術の前提を覆すような取り組み。衣料業界の〝常識〟を知らない素人だったからできたのだと思う」と振り返る。
■一通の手紙
第1弾の完成と前後して、発達障害の子供を持つ母親から手紙が届いた。子供がシャツを裏表で着てしまい、毎回注意しなければいけない。子供も親も互いに嫌な気持ちになっていた。購入できる機会を切に願っている-という内容だった。
「日常的な快適さを目指した商品だが、思った以上に社会的意義があると驚いた」と西出さん。介護や障害者向けにも活用できるのではという意見があったが、手紙を受け、福祉向けの商品としての機能にも目を向けた。裏表に着てしまっても自分で気づきにくい視覚障害者や認知症患者も、裏表がない衣類ならば気にせずに着られる。
福祉向け商品の充実に向け、製造コストの低減を図っている。手間がかかる分、コストアップにつながっているためだ。生地にポリエステルを用い、海外生産を行う商品もラインアップに加える試みも始めた。
西出さんは「楽に過ごせるだけでなく、具体的に困っている人に役立つ商品。これからもアイデアを世界に届けていきたい」と意気込む。ユニバーサルデザイン(UD)の商品群を広げていく考えだ。商品は「HONESTIES」のホームページから販売している。
■使いやすい
企業の社会的責任の重要性が増すなか、商品開発でUDの視点は欠かせなくなっている。
花王は昭和40年代から開発にUDの視点を取り入れた。ボトルに刻みをつけたシャンプーは、手触りで分かるよう視覚障害者の意見を反映した。その他、片手のワンプッシュで一定量が出る液体洗剤なども開発。広報担当者は「新製品、改良品ほぼすべてでUDを意識している」と話す。
錦城護謨(ごむ)(大阪府八尾市)が開発した透明なシリコーンゴム製のグラス。見た目はガラスだが、力を加えると形が大きくゆがむ様子が交流サイト(SNS)などで注目された。「軽い、持ちやすい、割れない」のが特性で、幼児から高齢者まで安心して使えるという。同社の担当者は「使う場所や人を選ばないことを目指し開発した」と説明する。
岩沢製作所(埼玉県ときがわ町)は、片手で扱えるバッグ「U-GO(ユーゴー)」シリーズを展開。電子部品メーカーだが、専務の福田和正さんが福祉ボランティアをする中で、体の片側がまひして不自由な人も使いやすいバッグを開発した。
福祉向けで始め、現在は一般向け商品でも商品群が広がっている。福田さんは「多くの人に使いやすい商品を届けることで事業の継続性を高め、障害のある人向けの改良につなげたい」と話している。(藤谷茂樹)
最終更新日:4/2(日)12:08 産経新聞