「国産」「天然」「生」のクロマグロの中でも最高級とされる青森県の「大間まぐろ」。東京・豊洲市場(江東区)の初競りでは毎年「一番マグロ」として高値を付けることで知られるが、ここへきて漁獲報告を行わなかったことで水産業者が逮捕・起訴されたり、大間沖で取ったマグロでなくてもブランドとして認定するよう条件を緩和したりと、一大産地の混乱が続いている。それでも、市場や消費者には「大間が1番」との評価は揺るぎない。日本随一のブランドに今、何が起きているのか。(時事通信水産部長 川本大吾)
今年2月上旬、マグロを漁獲したものの、その一部を青森県へ報告しなかったとして、大間町の水産業者2人が漁業法違反の容疑で逮捕され、3月10日に起訴された。さらに、大間などの漁業者22人も同法違反罪で略式起訴された。起訴状によると、2021年夏に漁業者らと共謀し、マグロ漁獲量約74トンを県に報告しなかったとされる。
今回の事件は、産地偽装や「密漁」というわけではない。ただ、クロマグロは国際的な管理下に置かれている魚種で、資源評価の上で管理策が敷かれており、国内ではシーズンに応じて漁法や都道府県ごとに漁獲上限が定められている。この上限を守るのに必要なのが、漁業者による漁獲報告。怠れば資源管理の根本が揺らぐ。乱獲によりマグロが減れば、そのツケは大間の漁師だけの問題ではなくなる。資源状況によっては、県外や外国漁船にも影響が出かねない。
関わった漁業者が22人と多く、無報告による「脇売り」が常態化していたとの見方もある。ルール違反の横行に、有識者からは日本の漁業管理策や罰則が「甘すぎる」との指摘もあり、規制の厳格化を求める声は多い。
◆大間沖で漁獲しなくても「大間まぐろ」
「大間まぐろ」ブランドの認定でも大きな動きがあった。大間漁協は昨年秋、商標登録の条件を「大間沖で漁獲されるマグロ」から「大間の港に水揚げされ、荷受けされたマグロ」に変更し、特許庁に再出願した。これまで同漁協は、大間沖の津軽海峡で、一本釣りとはえ縄漁で取ったマグロを「大間まぐろ」として出荷してきた。
しかし近年、秋から冬のマグロ漁場が津軽海峡よりも東側の太平洋沖に形成される傾向が強まり、津軽海峡での漁獲が低調になった。大間漁協は「大間沖という漁場にこだわっていては、ブランド認定のステッカーを張って出荷するマグロが少なくなってしまう」(漁協関係者)と危機感を募らせ、漁場をブランドの要件としないことにした。
国産の生鮮魚介類の原産地表示については、原則として漁場、もしくは水揚げ港か都道府県名を記載できる。例えば、太平洋で取ったマグロでも、大間港で揚がれば「大間産」と表示することに問題はない。各地の小売店でも、魚パックに「○○産」と漁港や地名が表記されているが、決してその港の沖で取られた魚ばかりではない。
ただ、「大間まぐろ」は他産地とは桁違いの有名ブランドだけに、豊洲市場関係者からは「漁場をブランド条件から外すのは残念」との声も聞かれる。その一方で、「たとえ津軽海峡で取ったマグロでなくても大間で水揚げしたのなら、他の漁港と同じように、漁港の名称で流通させたらいいのではないか」(同市場仲卸)と肯定的な意見もある。
旧築地市場時代から、初競りの一番マグロはほとんどが大間産。2001年の1本2000万円以降、不動の地位を築き、13年は1本1億5540万円、19年には3億3360万円と伝説の史上最高値が付いた。しかし、世間の評価と魚市場の競り値は必ずしも一致しない。長年マグロ漁師を経験し、築地場外市場で鮮魚店を営む店主は、「津軽海峡や太平洋にしても、大間と同じ漁場で取ったマグロは、他の港にも揚がる。マグロの価値はどこも大差ないよ」と話す。
豊洲市場では、大間産のマグロが常に最高値というわけではない。ご祝儀相場で一般向けにPRもできる初競りを除けば、豊洲のマグロ売り場は厳しい仲卸の目利きが競り値を決める。高値は初競りのざっと10分の1。「極上もの」でも1本数百万円といったレベルだ。
時事通信が魚市場や漁港の情報を契約社向けにサービスする「時事水産情報」(お魚web)の配信結果を見ると、昨年12月中旬以降の豊洲市場の卸会社ごとの競り値は、12月12日の中央魚類が、青森・奥戸産182キロ、1キロ当たり8500円(1本154万7000円)に対し、大間産は141キロ、キロ7000円(1本98万円)で、奥戸産の方が高い。今年1月10日の東都水産は、北海道・戸井産168キロが、キロ1万円(1本168万円)だったのに対し、大間産は142キロがキロ7000円(99万円)と、こちらは戸井産に軍配が上がった。
ほかにも、青森県の蛇浦産や大畑産などが大間産をしのぐ競り値で落札されたケースもあり、極上マグロは大間産に限らないことが分かる。その要因は、津軽海峡をはじめ、好漁場を共有しているためだ。
◆「すし店や料理店は大間産を欲しがる」
大間産を巡るこうした現実は、市場外にはほとんど知られていない。そもそも豊洲のように、多くの漁港から来たマグロが並べられ、品定めができる魚市場でなければ、マグロの比較は難しい。
豊洲のマグロ専門仲卸は、「大間産よりもいいマグロが入ることは少なくないが、われわれが業務用に卸す時、すし店や料理店は大間産を欲しがるんだよね」と複雑な表情を浮かべる。自分の目利きが必ずしも生かされないことがあるという。
さらに、都内のあるすし店では「冬になると、上マグロといえば大間。高級マグロの産地はいくつかあるが、大間以外あまり浸透していないため、『大将、これはどこのマグロ?』と聞かれ、忙しい時などは、『大間です』と言ってしまうこともある」とこぼす。
日本一のマグロを供給し続ける大間。ただ、豊洲では他の漁港からも、大間産と互角の質の良さを誇るマグロが出荷されているのが現状だ。「大間まぐろ」が今後も最高級マグロのブランド力を維持できるのかどうか。既存のルールを順守することはもちろん、他の産地をしのぐモラルの下でマグロを供給していく必要があるのではないか。
最終更新日:3/12(日)20:57 時事通信