「黒い吉野家」メニューにも戦略

牛丼でおなじみの吉野家が2種類あることをご存じですか。オレンジの看板の吉野家と、黒い看板の吉野家です。「街の景観に合わせて看板の色を変えただけじゃないの」と思った方、ここには吉野家の絶妙な戦略が隠れています。顧客想定からメニュー設計、出店戦略まで秀逸です。さらに、「隠れた3種類目の吉野家」があることもわかりました。(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)

● 牛丼の吉野家には 「オレンジの看板」と「黒い看板」の2種類ある

 人生の大半、約50年間にわたり、“牛丼は吉野家一筋”な経済評論家・鈴木貴博です。若い担当編集者からこのような疑問を投げかけられました。

 「ついひと昔前まではおじさん達が集う店というイメージもあった吉野家が、最近ではカフェのようなおしゃれ空間になっている理由は何でしょうか?」と言うのです。

 「おじハラ」じゃないかと思ったりもするのですが、実はこの疑問は企業戦略的に結構鋭いものでもあります。そこで、今回の記事ではその意図するものについて戦略コンサルタントの視点でまとめてみたいと思います。

 さて、そもそものところからお話ししましょう。吉野家がおしゃれ空間になっているというと「わかるわかる」という人と「何?なんでそう思うの?」と思う人に分かれると思います。それには理由があるのです。

 今、吉野家の店舗には2種類あるのです。オレンジの看板の吉野家と黒い看板の吉野家です。

● 「黒い看板の吉野家」には 3つのポイントがある

 吉野家のように100年の歴史がある老舗の飲食チェーンが売り上げを伸ばすには、新しい顧客の開拓が必要になります。

 例えば、吉野家のライバルのすき家を運営するゼンショーは最近、ロッテリアを買収すると発表しました。ゼンショーは他にも回転寿司のはま寿司やファミレスのココスなどさまざまな異業種の飲食チェーンを展開しています。

 このように、異業種展開は飲食チェーンにとってのひとつの成長戦略です。

 ただ「まったく異なる味、まったく異なる顧客層」を狙った異業種展開は当たり外れのリスクも大きく、ゼンショーのように「牛丼でも回転寿司でも業界トップクラス」という状況に到達するのは簡単ではありません。

 そこでもうひとつリスクが小さい成長戦略として、「既存のチェーンに新しい顧客を取り込む」という手段があり得ます。牛丼の例で言えばこれまでは男性が固定客の中心でしたから、女性客が増えれば企業として売り上げの成長につながります。

 吉野家から見れば論理的には新しい顧客層としての女性客の取り込みと、将来の固定客への育成を期待した子どもを連れた家族客の取り込みは長期戦略的には重要な目標なのです。それで5年ほど前に試験的に導入されたのが黒い看板の吉野家で、冒頭にお話しした恵比寿駅前店がその1号店なのです。

 さて、この黒い吉野家戦略ですが、私のような経営戦略の専門家から見ると、細部の設計で非常に面白く感じるポイントが3つあります。

 (1)独自メニューがそれほど多くないこと
(2)店舗数が全体の15%と少数派であること
(3)なんちゃって黒い吉野家が存在すること

 ということなのです。

 絶妙というか戦略的というか練り込まれたバランスのいい、この3つのやり方について簡単に解説してみます。

 まず最初に気づく点は、メニューの観点で黒い吉野家とオレンジの普通の吉野家にはそれほど大きな違いがないということです。ドリンクバーとデザートのカップアイスが置いてあるあたりは明らかに違うのですが、メインメニューだと限定メニューは大きく3点しか違いません。

● 独自メニューがあまり多くないのは なぜなのか?

 女性の好みそうな「ON野菜」(温野菜をのせるという意味でしょうか)メニューと、脂身が少ない豚のロース焼きメニューと、おもちゃが付いたお子様メニューがあることぐらいです。

 この設定は極めて戦略的です。要するに家族連れで来店した際に女性が「食べたいものがない」と最初から拒否反応を示さないように、最小限のオプションを用意しているのです。

 そもそも吉野家に来て吉野家のメニューすべてに拒否反応を示す女性客であれば、成長戦略の対象にはなりません。そこで女性が好みそうな「ON野菜」の牛丼も選べるようにしているわけで、それを食べた女性が「吉野家の牛丼って初めて食べたけどおいしい」と思ってもらえればそれで成功なわけです。

 とにかく黒い看板の吉野家はメニューはそれほど大きな差はなく、けれども居心地が良く設計されています。それで、女性客と子ども連れ家族に吉野家メニューを味わってもらうのです。

 当然ながら限定メニューが注文されるよりも、他の店舗でも食べられる牛丼や牛すき鍋膳を試してもらったほうが固定客の増加につながります。だからこそ、黒い吉野家の限定メニューは種類も限定的に設計されているのです。

● 隠れた3番目の吉野家 「なんちゃって黒い吉野家」の奥深さ

 とはいえ、オレンジの看板の吉野家があまりに黒い看板の吉野家と居心地が違うのであれば、期待したほどそのような女性客層は増えないかもしれません。そこで3番目の要素が関係してきます。私が勝手に名付けたネーミングですが「なんちゃって黒い吉野家」が存在するのです。

 これは私も最近になって気づいたのですが、私の事務所の近所にもオレンジの看板の吉野家と黒い看板の吉野家がありまして、後者は店舗の内装もスタイリッシュですし、座席でスマホを充電することもできるのです。

 しかし店内はカウンター席だけですし、ドリンクバーや限定メニューは置いていません。調べてみると近所の吉野家は看板が黒いだけで吉野家本体からは「クッキング&コンフォート」には認定されていないのです。

 これを私は「なんちゃって黒い吉野家」と名付けました。全国にどれだけの数あるのかはわかりませんが、少なくともうちの近所にあるお店で、よくよく考えてみると戦略的には絶妙なポジションにある店舗です。

 近所には学生が通う専門学校がいくつもあり、かつ女性も多く住んでいるエリアです。言い換えると駅前にあるオレンジの看板の吉野家よりも客層が若い。だったら外見は黒い吉野家にしてしまったほうが、若い客層は入りやすいわけです。

 その一方でメニューはオレンジの吉野家と同じになっているうえに、長居できそうなテーブル席はないわけで、つまり一日60回転の回転率は維持できるわけです。

 そう考えると吉野家の店舗業態は実は3種類で、従来のファン層が中心のオレンジの看板の吉野家と、新規の顧客層の取り込みを狙った黒い看板の吉野家、そして新規客でも入りやすいけれどもビジネスモデル的にはオレンジと同じ「なんちゃって黒い吉野家」の3つの業態が絶妙なバランスを保ちながら、吉野家という100年以上続く老舗飲食店の顧客数をこれからも増やしていこうと考えているわけです。

 いやいや、企業戦略というものは実に奥が深いと思いませんか?

最終更新日:2/24(金)13:36 ダイヤモンド・オンライン

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6455026

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