海外のカジノに客を送り込んで報酬を得るジャンケット業者「ナインアンドピクチャーズ」(大阪市)の前社長(52)が2019年9月、自己破産を大阪地裁に申し立てた。関係者や内部資料によると、カジノ事業に絡んで資金提供者から少なくとも4億円超を借り受けるなどしたが、返済していない。このうち中国・マカオのカジノ事業者に預けた約1億5000万円をバカラ賭博で自ら使い込んだ疑いがあるほか、多額の使途不明金もあり、現経営陣は刑事告訴・告発を検討している。
前社長は07年、国内初とされるジャンケット業者としてナ社を設立。アジア各地のカジノと契約を結んだ。事業拡大のために14年7~9月、ナ社とマカオの現地法人の代表として大阪市内の男性から貸付金などとして3億5000万円を提供された。
うち約1億5000万円(1000万香港ドル)については、14年11月、現地法人を通じてマカオのカジノに「保証金」として差し入れた。客は事前に現金をナ社に預け入れた分で賭けるため、保証金は基本的に減らない。しかし、内部資料によると、前社長が16年1月までにほぼ同額分をバカラ賭博に使ったが、原資はこの保証金で、補塡(ほてん)はごくわずかだった。
ナ社は客の賭け金に応じた手数料をカジノから受け取るが、客の賭け金が一定額に達しないと手数料がナ社に入らないノルマのような条件もある。関係者は「(前社長は)ノルマ達成のために賭け始めたのかもしれないが、あまりに高額だ。保証金がすべてなくなるなんて考えられない」と話した。前社長は一度の滞在中に4000万円ほど賭けたことが複数回あり、関係者は「経済合理性がない」と指摘する。
◇自己破産を申請、個人の負債総額約5億円
前社長は19年9月、貸付金の返済のめどが立たず、別に経営するパチンコ遊技機販売会社(大阪市)と、個人としての自己破産を大阪地裁に申し立てて退任。海外の現地法人も閉鎖した。現在は破産手続き中で個人の負債総額は約5億円。
一方、ナ社の持ち株会社「ナインアンドピクチャーズHD」が17年に設立された。資本提供者らが役員を務め、韓国やフィリピンのカジノで事業を継承。この提供者もHD設立前にカジノ事業に絡んで70万米ドル(当時7140万円相当)を前社長に貸し付けている。破産申し立て後、多額の使途不明金があることが分かった。海外法人口座の取引記録や詳細な賭博記録は引き継がれていない。
前社長は毎日新聞の取材に弁護士を通じて「回答できない」と答えている。【田中謙吉、松本紫帆、山本康介】
◇VIP客を送り込み報酬得るジャンケット業者
豪華なホテル建設など開業に当たって巨額の投資を強いられるカジノ事業者は、富裕層のVIP客を多く抱えて投資分を早期に回収して利益拡大を図る必要がある。
こうした客は「ハイローラー」と呼ばれ、ジャンケットはVIP客に営業してカジノに送り込むことで報酬を得る。VIP用の賭博台を設けるなどして客に付き添い、さまざまなサービスを提供する。ただマネーロンダリング(資金洗浄)などの不正を招くとの批判があり、中国・マカオなど各国で規制が強化されている。
ジャンケットは航空券やホテルの手配、カジノチップの管理に加えて、観光や飲食などの世話を一手に担う。高額な賭け金をつぎ込む客にはこれらの代金を負担する。こうしたサービスは「コンプ」と呼ばれ、誘客を図る手段として普及してきた。送客の見返りに、客の賭け金に応じた額の手数料をカジノから受け取る「ローリング」契約や、客の勝ち負け分をカジノ側と分配する「シェア」契約を結ぶなどして収益を得る。
海外の大手カジノで営業経験がある男性は「ジャンケットは独自の人脈でハイローラーを囲い込んでおり、カジノが収益を上げるにはジャンケットによる誘客が重要になる」と強調。しかし、マカオでは中国の政府高官らが汚職で得た資金をカジノで資金洗浄するケースが問題になり、ジャンケットがこうした不正に加担していると批判された。「反腐敗運動」を進める中国政府は2013年から資金洗浄対策を強化し、ジャンケット業者は減少したという。
日本で開業予定のカジノを含む統合型リゾート(IR)では、国はジャンケット業者の介在を認めていない。ただハイローラーを海外から呼び込むための具体的な議論は煮詰まっておらず、営業活動をどのような形で認めるか、国の「カジノ管理委員会」などが今後、詳細を詰めるとされる。
カジノ問題に詳しい静岡大の鳥畑与一教授(国際金融論)は「不正の温床となるジャンケットが日本で規制されるのは当然だ」とする一方で、「収益が上がらなければIR自体が成り立たない」とも指摘する。【松本紫帆、山本康介】
最終更新日:1/12(火)9:47 毎日新聞