回転すしから始まった一連の迷惑動画・画像のSNS投稿は、俗に「すしテロ」と呼ばれている。「スシロー」「はま寿司」「くら寿司」「すし銚子丸」が次々と標的にされ、社会問題化している。しかも、うどん「資さんうどん」、牛丼「吉野家」、ビュッフェ形式のしゃぶしゃぶ「しゃぶ葉」、カラオケ「まねきねこ」などにも迷惑行為は広がり、毎日のように新たな投稿が発覚している状況だ。2月19日、ラーメン「どうとんぼり神座」で撮影された迷惑動画も発覚した。
最初は、はま寿司の動画が問題となり、くら寿司、スシローと同業他社に波及。さらには他の外食にも広がっていった。
その中でも最も衝撃的だったのは、スシローの店舗で撮影された、湯呑をなめ回して元の保管場所に戻す動画。しょうゆ差しも直に吸っていた。1月29日に発覚したもので、「スシローぺろぺろ事件」とも呼ばれ、SNSで世界中に拡散されている。
事件はTVのワイドショーなどでも取り上げられた。「もう回転すしには行けない」などといった書き込みがSNSに次々と投稿されていると紹介。「気持ち悪い」と感じる視聴者が増えた結果、集客に影響し、終日店舗がガラガラになる現象も起きた。
スシローを経営する「あきんどスシロー」(大阪府吹田市)の親会社、FOOD & LIFE COMPANIESの株価は業績悪化の懸念から急落。時価総額が一時期、約170億円も吹き飛ぶ事態にまで発展した。
迷惑行為をした高校生は、ちょっとした悪ふざけくらいの気持ちで、投稿したのだろう。話のネタとして、数人の友人・知人が見て、面白がってくれたり、気持ち悪がってくれたりしたら、それで良かったのかもしれない。
ところが、新型コロナウイルスのまん延で、いまだに日本では唾液の飛沫が飛ばないように、屋内外を問わず、大多数の人がマスクを着用している状況だ。動画の悪ふざけは度が過ぎていた。
案の定、「こんなとんでもない人がいる」と想定外に拡散され、回転すしのみならず、外食のセルフサービスのビジネスモデルが崩壊しかねない大問題に発展してしまった。
被害に遭った外食各社の中には、警察に被害届を出し、刑事・民事の裁判も辞さない厳しい態度を示しているところもある。それにもかかわらず、迷惑動画は投稿され続けている。また、過去の問題ある投稿をわざわざ発掘してきて、拡散する動きもある。
大半の動画は迷惑系ユーチューバーに影響を受けたと思われる高校生、大学生によって撮影されているようだ。そして、TikTokとインスタグラムのストーリーによって投稿されているのが特徴。それを発見した別の暴露系と呼ばれる人が、TwitterやYouTubeに転載して拡散するケースも多い。バズる動画を投稿すれば、再生回数によりインフルエンサーとして収入につながるので、迷惑動画を探している模様だ。
迷惑動画の被害に遭った企業は、どのような対策を打っているのか。まとめてみた。
スシローぺろぺろ事件の動画は、1月29日に投稿されたとみられる。
迷惑行為をしたのは金髪の若い男性だが、撮影者は別にいて、「きもっ」などと言葉を発しながら、楽しんでいるような雰囲気だった。「しょうゆ差しをなめる」「湯呑をなめてもとに戻す」「レーンを流れているすしを唾液の付いた指でつつく」という不衛生極まりないことが連続で行われており、他の迷惑動画と比べても衝撃度が格段に大きかった。
撮影が行われたのは、岐阜正木店(岐阜市)と判明。さらに、迷惑行為を行ったのは市内の高校生であったことが分かっている。
同店を運営するあきんどスシローでは、1月30日に刑事・民事の両面から厳正に対処すると表明。1月31日、警察に被害届を提出。2月1日に、少年と保護者から謝罪を受けたものの、態度は変えなかった。
「分別が付かない未成年なのだから、ゲンコツで殴って許してやれ」といった意見もあるが、今は逆に暴力行為となって告訴されかねない。当時は株価も暴落しており、不問にすれば株主に対しても説明ができない。類似の事件を予防する意味でも、適切な判断だった。
ただし、迷惑行為をした当人の本名、通っている高校もSNSで特定され、批判が殺到。退学を余儀なくされたという。いたずらがいくら悪質とはいえ、法廷で裁かれる前に私刑はよろしくない。私刑は人権侵害である。
同社は2月10日、既に発覚している一連の事象に関係する人たちへの、直接的な危害となる言動を控えるように呼びかけた。
岐阜県警は、少年らを偽計業務妨害で書類送検する方針と報じられている。
一方、スシローは対策として、1月30日の営業前に対象店舗の全ての湯呑を洗浄。しょうゆボトルの入替えを行った。
また、全店を対象に、備え付けの食器や調味料に不安を感じる利用客がいた場合、別途保管してある消毒済みのものに交換。対象店と近隣店舗は、食器や調味料の設置場を設け、入店時にテーブルまでセルフで運ぶ形式に変更した。
さらに、対象店と近隣店舗だけでなく、全国の郊外型店舗において、テーブル席と提供レーンの間に順次、アクリル板を設置していくとのことだ。
タッチパネルで注文した商品のみが、レーンに流れるオペレーションに変更。回転レーンと注文レーンの2段レーンになっている店では、回転レーンにすしを流すことを中止した。
また、2月6日頃には、女性客がテーブルに備えつけられた甘ダレにしょうゆを注入して、勝手にブレンドしている動画が拡散された。
この件に関しても、同社では警察に相談済みで、厳正に対処していく姿勢だ。
スシローでは2月13~17日、励ましの声や応援の気持ちで来店した人たちへの感謝を込めて、全品10%オフのセールを行った。盛況のうちに終了した模様。
一部テークアウト品などに適用されないシステム上のミスはあったが、返金とクーポン配布で対応済みだ。
くら寿司でもいくつかの迷惑動画が投稿されているが、会社として問題視しているのは、4年前に撮影されたものだ。若い男性が一度取ったすしを、回転レーンに戻す姿が映っている。
後述するが、はま寿司に投稿された迷惑動画に匹敵する衝撃があると、1月24日に拡散された。過去に類似したものがあったと、発掘されたのだ。
同社でも同日、動画の存在を知り、警察に相談。どういった罪に問えるのか、損害賠償も含めて検討している。
対策としては、3月上旬を目途に顧客の不審な行為をAI(人工知能)で監視するシステムを全店に導入すると決めた。
既にレーンの上部には、顧客が取った皿の数のチェックなどのためにカメラを設置している。同社では、そのカメラを活用して、すしを覆っている透明なプラスチックカバーがいたずらされていないかを、チェックする。現在のシステムでは、客席からすしカバーに戻す行為をチェックすることはできなかった。
迷惑動画とは関係ないが、くら寿司では、いやし系キャラクターの漫画・アニメ「ちいかわ」とコラボしたキャンペーンを2月10日より月末まで行っている。回転寿司を応援したいという利用客の思いもあって、行列ができるほどの人気になっている。2500円以上支払った人や、「ビッくらポン」で当たった人はノートなどの景品を提供するものだ。
すし銚子丸の横浜都筑店では、2月4日、テーブルに置かれた共用のガリが入った箱に、電子タバコの吸殻が混入していることが発覚した。
同店を経営する銚子丸では、全93店においてカウンターやテーブルに置いていた、ガリ、しょうゆ、わさび、粉茶、湯呑、小皿などを撤去。利用客を席に案内する際に渡す方式に変更した。既に都筑警察署に相談し、捜査が始まっている。
すし銚子丸のような、カウンターの中で職人が握る、顧客単価が高めのグルメ回転すしならば、人の目が届いて安心だという説もある。しかし、現実に迷惑行為は起こっていた。アイドルタイムに店舗の端の方に座っていたら、誰の目も届いていない時間帯がある。迷惑行為は、人の目を盗んでいたずらをするから面白く感じるという側面がある。グルメ回転すしでも、機械化が進んだいわゆる「1皿100円」系の回転すしと同様に、迷惑行為は発生し得るのだ。
吉野家では、利用客がテーブルに備えられた紅生姜の箱から、直接お箸で紅生姜を取って何度もかき込む動画が拡散されている。
経営する吉野家ホールディングスでは、この動画を2月5日に確認。2022年に投稿されたと目される。
同社では警察に被害届を提出し、刑事・民事の両方で厳正な対処を行う方針だ。
また、該当する店舗を特定し、2月5日に一時閉店して紅生姜を廃棄、交換。席に常設されている備品の消毒と洗浄を行った。
2月6日には全従業員に向けて、店内の様子の確認、衛生管理を徹底するように呼びかけた。
紅生姜などの卓上からの撤去は考えていないが、利便性と安全性を考慮するとのことだ。
さて、このような「すしテロ」によって、安価で質の高いサービスを提供している日本の回転すし文化、外食文化は終わってしまうのか。
現状の回転すし店の集客を見る限り、むしろ増えている店もある。
東京都立川市内のスシローに2月に入ってから2回ほど訪問したが、高校生、大学生くらいの若い人たちを中心にむしろ行列ができていたほどだ。野次馬的な好奇心で来店している面もあるのかもしれないが、善良な高校生、大学生が目を光らせることで、同年代がくだらない投稿をしなくなる効果も期待できるだろう。
ちいかわのキャンペーン効果もあるが、くら寿司も行列ができるほどにぎわっている店が多い印象だ。
お店で急に見なくなったのは、むしろ中高年だ。「気持ち悪いから回転すしにもう行かない」というワイドショーに影響されたのだろうか。
今後、騒動が大きくなるのを面白がって、人の目の届かない場所で新たな迷惑行為をして投稿する人が出てくる可能性もある。テロに屈しない最善の方法は、いつも通り普通に過ごすことだ。
一方で、今まで利用しなかった人も含めて、社会的に影響力がある著名人や芸能人が次々と回転すしチェーンを訪れ、動画などで報告しているのはうれしいことだ。
実業家の堀江貴文氏らが指摘しているが、上場している外食企業の飲食店でいたずらをして動画に投稿しただけで株価が暴落するのならば、それを悪用しようとするケースも出てくると考えられる。
完全に迷惑行為を止めさせたいのであれば、各席に監視員を置いて、営業時間中にずっと見張る必要がある。しかし、人件費がかさみ、すしの値段をもっと上げなくてはいけなくなる。要は普通のすし屋の値段を取らなければ成立しなくなる。
回転すしは効率性を上げるため、機械化を進めてきた。安いすしを腹いっぱい食べたいという顧客の要望に応えるためだ。回転レーンにしても、回転しない特急レーンにしても、エンターテインメントとして成立している点で非常に優れている。
機械化が進み過ぎて省人化されたために、監視の目が行き届かなくなったのがいけないという意見もある。それなら、もっと運営会社が人を雇えるように、回転すしに限らず外食の大幅な値上げを容認することだ。昨今は変わってきたが、それまで1円の値上げも嫌だと消費者は拒否してきたが、限界に来ている。
すしテロは、性善説に基づいた回転すしシステムを崩壊させるといわれているが、若い人たちが店に行って崩壊を防ごうとしている。悪さをする若者ばかりいるわけではない。
中高年がデフレに慣れて、「外食の大衆店は安くてうまい」「清潔なのが当たり前」と思ってしまったが、やはり無理がある。日本の外食が安過ぎるのが問題ではないだろうか。
いずれにしても、被害に遭った各社は、謝罪に来たからといって安易に許さず、警察に通報し、刑事と民事で訴える強い姿勢で臨んでいる。
10年ほど前も似たようなことがあった。学生アルバイトによる店舗へのいたずら行為(いわゆる「バカッター事件」)も、損害賠償を求めた裁判沙汰によりいったん収束するが、4年ほど前にも別の事件が起こっている。
今回のすしテロ事件も、同様に収束に向かうと思われるが、しばらくすればまた起こるだろう。セルフサービスの一部が見直されて、外食はもう少し人が提供するサービスを重視する方向に向かう。外食の価格が全般に、原材料高も含めて、さらに上がるのではないだろうか。
(長浜淳之介)
最終更新日:2/21(火)17:10 ITmedia ビジネスオンライン