ブランド買取事業「なんぼや」などを展開するバリュエンスホールディングス(HD)は、事業立ち上げから11年で上場を実現し、売上高は633億円(2022年8月期)を記録しています。社長の嵜本晋輔さん(40)は、元Jリーガーという異色の経営者です。引退後、父のリユース事業を引き継ぐ形で創業し、上場の鐘を鳴らした嵜本さんは「つかむために、手放せ」という行動指針を掲げ、事業をアップデートし続けています。経営者として胸に刻むのは、選手時代の挫折でした。
ビジネスや経営を一心不乱に学ぶ過程で重視したのは、「唯一無二のポジショニング」でした。
「自分にしかできないことは何か。これはサッカーを通じて幼い頃から養われた感覚です。与えられた環境の中で、自分にしかできないことを実現しなければ、父や兄からも、もちろんお客様からも求められるようにはならない。それをビジネスでも実践しようと考えました」
父は長年、軽トラックで地域を回り品物の買い取りや販売をしていました。嵜本さんは当時、中小企業にも浸透し始めていたインターネットビジネスに目を付けます。
「1軒ずつポスティングしていたチラシをネット広告に変え、買い取った品物をインターネットオークションで販売してはどうだろう」。そんな仮説を立て、実際に取り組みました。
買い取ってきれいに磨き直した品物を、ネットでよりわかりやすく伝わるよう、嵜本さんは多数の写真や商品説明をつけるといった工夫を凝らしました。インターネットオークション全盛の現在なら当たり前ですが、黎明期はまだまだそのような状況ではありません。
「そうしたら、インターネットでの売り上げは店頭販売よりはるかに高値で取引されるようになったのです」
嵜本さんは同時に、兄と洋菓子事業も展開。キューブ型シュークリームなどの独創的なスイーツを販売しました。しかし、やがて洋菓子事業を兄に任せ、11年12月、リユース事業を一手に引き受ける形でSOU(現・バリュエンスHD)を設立します。
嵜本さんはネットオークションを駆使し、買い取り・販売のサービスとシステムを確立。顧客の満足感を優先した取引価格で、仕入れる品物のバリエーションや総数も飛躍的に伸ばしていきました。
しかし、ネットオークション全盛の時代になると、競合が増え販売価格が下がってきました。それまでネットオークションの売り上げが全体の9割を占めていましたが、あえてリユース業者のみ参加できるBtoBオークションに集中するべきと決断します。
買取品をより早く、広く販売するには、他社のオークションに委ねるより、自社で展開する方が在庫や販売管理費の削減につながります。そこで嵜本さんは13年、自社のBtoBオークション「東京スターオークション(現・STAR BUYERS AUCTION)」を立ち上げました。
17年にはAIによる資産管理アプリ「Miney(マイニー)」を開発。個人が所有するブランド品などの価格を瞬時に査定できるサービスを整えました。
クローゼットに眠るブランドのバッグや時計の買い取り価格を視覚化し、潜在的な仕入れ先の発掘につなげています。古美術品の買い取り事業も始め、香港でもダイヤモンドのオークションを主催するようになりました。
嵜本さんの会社は設立後、急成長を続けています。「他業種であればスタンダードなサービスクオリティーを、リユース事業で新たに展開したことが原動力になりました」
18年3月には東京証券取引所マザーズ市場(現・東証グロース)への株式上場を果たします。SOUの創業からわずか7年でした。
東京証券取引所で上場の鐘を鳴らした嵜本さんが身にまとっていたのは、ガンバ大阪時代のユニホームでした。
「想像の世界では、これまでの努力が報われて感無量になるかと思っていました。でも、鐘を鳴らした瞬間『ああ、こんなものか』と(笑)」
上場の鐘は、より高みを目指すためのスタートの響きだったのです。
最終更新日:2/6(月)7:53 ツギノジダイ