お~いお茶 俳句を掲載する狙い

伊藤園が1989年に発売した「お~いお茶」は、2022年8月に累計販売本数が400億本を突破した。競争が激化する緑茶市場の中で、「お~いお茶」は今も首位をキープしている。ロングヒットを陰で支えてきたのが、消費者から俳句を募ってラベルに載せる「新俳句大賞」である。おなじみの企画は、どのような側面から売り上げに貢献してきたのか。その真の狙いを探る。(ダイヤモンド編集部 濵口翔太郎)



● 「お~いお茶」でおなじみの俳句 その受賞倍率は「970倍」

 「雪がふる 一つ一つに 雪の神」――。

 伊藤園の緑茶飲料「お~いお茶」のラベルには、消費者から募った俳句が載っており、おなじみとして定着している。

 一般愛好家から俳句を募集し、入賞作品をラベルに掲載する企画は、正式名称を「伊藤園お~いお茶新俳句大賞」(以下、新俳句大賞)という。「お~いお茶」が世に出た1989年から毎年欠かさず続いており、2022年10月時点での累計応募数は4100万句を超えている。

 年間応募数は、89年の時点では約4万句だったが、22年に194万句を突破。今では日本最大規模の俳句コンテストとなっている。

 その中から「ラベル掲載」の特権を勝ち取る入賞作品はわずか2000句だ(ラベルに掲載されない「佳作」も別途5000句選ばれる)。

 22年における入賞の倍率は約970倍と、にわかには信じられないほどの難関である。私たちが日頃、気軽に手に取って飲む「お~いお茶」。そのラベルに記された俳句は、厳しい戦いを勝ち抜いた“超優秀作”なのである。

 ちなみに、冒頭で紹介した「雪がふる」の句は、22年に「文部科学大臣賞」を受賞し、賞金50万円を贈られた珠玉の一句だ。

 そうした俳句が載っている「お~いお茶」そのものも、レッドオーシャンである緑茶飲料市場で圧倒的なシェアを持つ「勝ち組商品」である。

 当初は缶入り緑茶として発売された「お~いお茶」は、90年にペットボトル入り緑茶として刷新後、しばらくの間は独壇場を築いていた。

 そこに殴り込みをかけてきたのが、キリンビバレッジの「生茶」(00年発売)やサントリーの「伊右衛門」(04年発売)、日本コカ・コーラの「綾鷹」(07年発売)といったライバルたちだ。

 それでも「お~いお茶」は激戦区の緑茶飲料市場でトップシェアを維持し続けている。その秘訣とは何なのか?

 伊藤園によると、そこには三つの理由がある。そして、その中には冒頭にご紹介した俳句も挙げられるというのだ。三つの理由の全貌とともに、俳句の掲載にどんな狙いがあるのかも見ていこう。

● 「生茶」に「伊右衛門」「綾鷹」… ライバル登場で激化する「緑茶戦争」

 競合他社は、巧みに「お~いお茶」と同じ土俵での戦いを避け、独自の味わいや販売戦略でファンを獲得していった。

 「お~いお茶」は、どちらかというと昔ながらの渋みや苦みが魅力である。また、茶葉の「ろ過技術」に強みを持つ伊藤園は、ペットボトル内部の沈殿物(にごり)を減らして透き通ったお茶を提供することを重視してきた。

 一方、後発の「生茶」は、すっきりとしたうまみを前面に押し出して人気を勝ち取った。同じく「綾鷹」は、「緑茶本来のにごりを再現し、急須(きゅうす)で淹れたような味わいを実現する」という、伊藤園とは真逆のブランディングを展開。あえて「にごり」を重視する戦略が消費者に刺さり、「にごり緑茶」のブームを巻き起こした。

 どこか1社が味をリニューアルしたり、新商品をヒットさせたりすれば、他社も負けじと対抗する。そうした丁々発止の戦いは、いつしか「緑茶戦争」と呼ばれるようになった。その過程で、アサヒ飲料の「若武者」といったブランドは姿を消していった。

 過酷な戦いの中でも、他社に先駆けて市場に参入した先行者利益を持つ「お~いお茶」は、緑茶飲料市場に王者として君臨してきた。22年8月には累計販売本数が400億本を突破したほか、22年度上半期(5~10月期)の販売本数が「過去最高」を記録した。

 伊藤園によると、22年の国内緑茶市場規模は、前年比2.1%増の4350億円に拡大する見通しだ。その中で「お~いお茶」のシェアは市場首位の35%(前年比1ポイント増)程度を占めるとみられる。

 「生茶」の人気が爆発した01年は28%、異業種から戦いを挑んできた花王の「ヘルシア緑茶」に苦しめられた04~05年は29%と、他社にシェアを奪われた時期もあったが、その度に盛り返してきた。

● 「お~いお茶」が売れ続ける 「三つの理由」とは?

 伊藤園によると、先行者利益を除いた勝因は大きく三つある。

 一つ目は、顧客のニーズや市場の変化に応じて、お茶の味わいを変えられる「対応力」だ。

 「お客さんは全部同じだと思っているかもしれませんが、実は容器・容量によって『お~いお茶』の味を細かく変えています」と、伊藤園マーケティング本部の安田哲也氏(緑茶ブランドグループ ブランドマネジャー)は明かす。

 「例えば、600ミリリットルと2リットルのペットボトル。前者は量が少ないので、もし味が薄いと、消費者は物足りないと思うはず。それを避けるために、お茶のうまみを微妙に高めつつ、食事にも合う味わいに調整しています。

 大容量の後者は、一度で全てを飲み切るのではなく、グラスなどに移して氷を入れ、少しずつ飲む人が多いでしょう。なので、氷が解けて味が薄まってもおいしく飲めるよう、渋みを効かせてキレのある味にしています。缶・ペットボトル・紙パックなど容器によって、味と作り方は全部違います」(安田氏)

温かいお茶は、冷たいお茶と比べて味が薄くなりやすいので、ホット飲料の味を濃くする手法は業界でも一般的だという。だが、コールド飲料の味を細かく調整する技術は「発売から30年超にわたって積み上げたノウハウがあってこそ」だと安田氏は自信を見せる。

 また、伊藤園は、市場のトレンドに合わせた味の微調整にも余念がない。安田氏によると、前述した「ヘルシア緑茶」の人気で健康ブームが巻き起こった04年は、「お~いお茶」もカテキンを豊富にして渋みのある味わいを強化。「綾鷹」の台頭でうまみのあるお茶の人気が向上した11年には、うまみを重視した味わいへと調整した。

 と言っても、もちろん他社の味わいに似せるのではなく、あくまでも「お~いお茶」ならではの風味を保ったまま、ごくわずかな変化を加えているにすぎない。

 安田氏は「1年単位での味の違いは、おそらく当社の社員でも分からないでしょう。10年単位でお茶を飲み比べて、やっと違いが分かるレベルです」と語る。

 こうした味の変化によって、顧客が「お~いお茶」を飲み飽きてしまう事態を未然に防いでいるというわけだ。

● 茶農家の減少に備え 自ら茶園を確保

 二つ目は、茶葉の生産量低下や茶農家の減少といった業界の課題を先読みし、早くから対応策を講じる「予測力」である。

 日本茶業界では現在、茶農家の高齢化と後継者不足が進み、栽培面積の縮小と収穫量の低下が喫緊の課題となっている。

 農林水産省が公表しているデータによると、04年の時点で日本全国の茶の栽培面積の合計は4万9100ヘクタールだったが、22年には3万6900ヘクタール(04年比で24.8%減)まで落ち込んでいる。

 また、04年における日本全国の生葉収穫量は年間46万5000トンだったが、20年の時点では年間32万8800トン(同29.3%減)まで減少している。

 00年から15年までの15年間で、お茶の販売農家数が5万3687戸から2万144戸まで減った(62.5%減)とのデータもある。

 伊藤園はそうした状況を見据え、早くから手を打っていた。耕作放棄地などを買い取って土地を確保した上で、地元の市町村や事業者に茶園の造成を任せ、収穫された茶葉を買い取る「新産地事業」を01年に始めたのだ。茶葉の生産に取り組む事業者の中には、異業種から茶農家に転身した人も多いという。

 これが奏功し、「現在は新産地事業の茶畑だけで東京ドーム約100個分に相当する500ヘクタール以上を所有しています。この事業で茶農家として就農している人の平均年齢は約45歳と若く、土木建築業などから移ってくる人もいます」(安田氏)という。

 このほか、問屋を介さずに茶農家と直接契約する施策などによって、茶葉の確保が難しい状況下でも安定的に仕入れることができる体制を築いている。新産地事業を含めて、契約している茶園面積の合計は2241ヘクタール(東京ドーム約480個分)に上るという。

● 新俳句大賞を通じて 弱点だった「Z世代」に訴求

 そして三つ目が、新俳句大賞を生かして“死角”を補う「マーケティング力」である。

 「お~いお茶」は30年以上の歴史を持つロングセラーであるが故に、顧客層の高齢化が進んできた。「現在の主な顧客層は40代以上。1989年の発売当時に20代前後だった人々が今も飲み続けてくれています」と安田氏は分析する。

 だが裏を返せば、中高年層から長く愛されるという強みは、生まれた時から「生茶」「伊右衛門」「綾鷹」などが売られており、商品の選択肢が豊富な中で育った20代以下への訴求力に欠けるという弱点にも通じる。

 実は、その弱点を補う「打ち手」の一つが新俳句大賞なのだ。

 というのも、新俳句大賞は開始当初から学生の応募者が非常に多く、現在は9割近くが学生である。先ほど紹介した「雪がふる」の句を詠んだのも、当時10歳の女の子だ。

 さらに近年は、教育への好影響を見込み、学校単位での応募も増えている。これが若者への認知度向上に一役買っているのだ。

 その効果について、伊藤園マーケティング本部の吉川友子氏(広告宣伝部 緑茶ブランド広告チーム)は「すでに他社のお茶がある中、教育の一環として、Z世代から『伊藤園といえばお~いお茶』というマインドシェア(消費者の心の中に占める企業やブランドの割合)を得られるという意味では、やはり新俳句大賞は若年層の獲得に寄与しています」と語る。

 また、景品が当たる懸賞やキャンペーンとは異なり、新俳句大賞は運ではなく実力がものをいう世界だ。審査員には、俳人の夏井いつき氏や作家の宮部みゆき氏など、そうそうたるメンバーが名を連ねる。

 受賞作を絞り込むプロセスも「1次審査」から「最終審査」まで計6段階に及ぶ。その中には、二重投稿や盗作を厳しくチェックする工程もあり、コストを投じてコンテストとしての信頼性を高めている。このことも、マーケティング面に良い影響を及ぼしているという。

 「審査で『選ばれる』という体験をした若者の喜びは、親や家族、クラスメイト、教員にも波及するでしょう。それによって『お~いお茶』のロイヤルティー(商品への愛着)を高める効果も見込まれます」(吉川氏)

 こうした施策だけでなく、容量のラインアップの刷新や商品戦略、SNSを通じたプロモーションなど複合的な要因によるものだが、伊藤園では実際に、若者や女性の顧客が増えているという。

● 今も社員の心に残る 思い出の一句とは

 なお、年齢を問わず応募しやすいように、伊藤園は新俳句大賞に「季語がなくてもOK」などの斬新なルールを設けている。1989年の開始当初は、この自由度の高さ故に、俳句の世界で理解を得る際に苦労したこともあるそうだ。

 そんな伊藤園では、新俳句大賞の歴代受賞作のうち、社員の中で「特に思い出深い句」として語り継がれている句がある。

 1989年の第1回新俳句大賞で「高校生以下の部」の大賞に輝いた「十三才 パパをおやじと 呼んで夏」。

 中学生だった少年が、思春期ならではの親との関係性の変化を表現した作品だ。

 この句を詠んだ少年も、今ではすっかり「おやじ」になっているだろう。当時の彼のような年頃の息子がいてもおかしくない。

 彼の子どもたちの世代にも「お~いお茶」を届け、市場首位の座をさらに固めるべく、新俳句大賞はこれからも続いていく。

最終更新日:1/27(金)15:41 ダイヤモンド・オンライン

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6451918

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