「タイムパフォーマンス(以下、タイパ)」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。タイパとは時間効率や、時間対効果と同義の和製英語で90年代後半~00年代前半に生まれた「Z世代」に広く浸透した消費行動だという。謎が多い“タイパ”の実態について、企業や専門家に話を聞いた。(清談社 真島加代)
● タイパニーズに応える さまざまなサービス
近年、タイムパフォーマンス(以下、タイパ)と呼ばれる消費行動が注目を集めている。タイパとは、時間に対する満足度を求める“時間効率”を意識した消費者の行動を指すもので、たとえば、動画配信サービスの倍速再生モードや、「Tik Tok」などの短縮動画アプリ、そして一食で33種類の栄養素が取れるインスタント食品もあり、さまざまな企業が商品やサービスを展開している。
そのうちのひとつ「flier(フライヤー)」は、1冊の書籍を10分で読めるように要約して提供するサービスだ。
「『flier』は、通勤時間や休憩時間などのスキマ時間を有効活用し、効率よくビジネスのヒントやスキル、さまざまな教養を身に着けたいビジネスパーソンに多く利用されています。コロナ禍以降、登録者数が急増し、2022年11月には累計99万人に達しました。タイパ志向が高い30~40代がメインユーザーで、一般的なビジネス書の読者層とされる40~50代よりも10歳ほど若いのも特徴です」(フライヤーの井手琢人執行役員)
また、デジタル社会は「切り替え(スイッチング)」を容易にした、と久保田教授。
「音楽の視聴方法を例にすると、かつて主流だったアナログLPレコードは、曲を飛ばすのも難しかったですよね。それがCDになり、簡単に曲を飛ばせるようになりましたが、アルバムの交換は面倒。ところが今はストリーミングサービスを使い、曲もアルバムもアーティストも、一瞬で変えられます。もちろんスイッチングが容易になったのは、音楽だけでありません。世の中全体を見わたしても、デジタルを介して、手早く物事を移り変われるようになりました」
合理性・効率性を求める価値観の浸透と、それを支えるデジタル化。このふたつは、タイパを語る上では欠かせない要素だという。
そして、Z世代の間でタイパ志向が顕著に表れている背景についても、久保田教授はこう分析する。
「おそらく、彼らがデジタルネーティブであり“デジタルツールの卓越したユーザー”である点が、理由のひとつと考えられます。彼らは幼い頃からデジタルツールを巧みに使いこなすことで、多様な製品やサービスを素早くスイッチングする『柔軟な消費能力』を獲得しています。この能力は、年齢が若いほど身に付けやすく、子どもの頃からデジタルツールに親しんできたからこそなせる技です」
また、彼らは“同時並行で情報を処理する能力”にも長けており、バラエティー型のタイパ消費が行えるという。そのため、スマホで動画を見ながらパソコンで映画を見る、といった“ながら見”もお手の物なのだ。
「彼らの持つ、デジタルツールを使いこなす能力と、複数の情報を同時に処理する能力が、『バラエティー型のタイパ行動』に向いているようです。ただ、彼らはあくまでデジタルツールの“ユーザー”であり、新しいデジタルツールを提案できるとは限りません。そういう意味では、デジタルツールに使われている世代ともいえるかもしれません」
● Z世代のタイパ志向の 背景にあるリキッド消費
そして久保田教授は「リキッド消費」呼ばれる消費スタイルが、Z世代のタイパ志向を読み解くうえで重要なヒントになる、と指摘する。リキッド消費とは、イギリスのマーケティング研究者、フルーラ・バーディ氏とギアナ・エカート氏が2017年の論文で発表した概念だという。
「リキッド消費には3つの特徴があります。一つは、その時々、あるいはその場その場で価値感が次々に変わるため、製品やサービスの価値がはかなく、短命となる『短命性』。次が、所有にこだわらずレンタルやシェアリングによって価値にアクセスできれば十分、と考える『アクセスベース』、三つ目が、同じ消費生活をするために物質に頼らなくなる『脱物質』。この3つの組み合わせがリキッド消費と定義されています」
リキッド消費では製品やサービスが“役に立つこと”に価値が置かれる。たとえば、絵画などの芸術品は、本来その存在自体に価値がある。しかしリキッド消費傾向の強い人は「絵画を見ていると癒やされるから価値がある」という見方をする。つまりツールとしての価値が重視されるのだ。
「これらの特徴は、さまざまな製品やコンテンツをその時々で楽しみたい『バラエティー型』のタイパ志向と親和性が高い。ですから、人々のリキッド消費傾向が高まった結果、タイパ志向という現象が表れたと考えるのが自然です。ちなみに、リキッド消費の対局として、モノを所有し、長く使う『ソリッド消費』という消費スタイルも存在します。ただ、世の中全体が伝統的なソリッド消費からリキッド消費に移行したというのは誤りです。以前はソリッド消費ばかりだったが、ソリッド消費もリキッド消費もある時代になった、つまり消費スタイルの幅が広がったと捉えるのが適切です」
Z世代がタイパ志向を好む背景には、リキッド消費の高まりという消費行動の変化が隠れていたようだ。
実際、市場調査を行うインテージ株式会社の調査(*)によると、若い年代ほどリキッド消費傾向が強いことも明らかになっている。たとえば、50~59歳男性の場合は20.8%がリキッド消費をしているのに対し、20~29歳男性はおよそ倍の40.1%。
同社はこの結果を受けて「今後社会全体に占めるリキッド傾向の強い消費者(リキッドクラスター)の割合は大きくなっていくだろう」と予想している。
(*)…「定量調査データで見るリキッド消費の実態」株式会社インテージ/調査時期:2021年4月/対象:20~69歳の男女2300名
● リキッド消費時代において 顧客の“囲い込み”は危険
「企業はこれから、タイパ志向を含めたリキッドクラスターに焦点を当てていくはず。ただ、彼らはバラエティー型でいろいろ楽しみたい、気まぐれな人々なので、製品やサービスに対するロイヤルティーが低い傾向があります。これは『顧客に愛され続けること』や『商品を買い続けてもらうこと』を目指す企業にとって、深刻な課題となります」
そのためリキッドクラスターに向けた商品、サービスの開発が必須となる。しかし、ごく新しい潮流のため、多くの企業が最適解を模索中だろう、と久保田教授。
「リキッドクラスターに向けて『囲い込み(lock in)』という手法に出るのは危険です。リキッドクラスターが好むのは、“不即不離”(つかず離れず)の関係です。いろいろな製品やコンテンツを楽しみたいけれども、べったり深く付き合うのは嫌だと思っている。囲い込みとは“顧客を逃げ出せなくしよう”とする手法ですから、身離れの良い関係を好む彼らにとって、もっとも避けたいものです。そうした心理を読み取れず、土足で踏み込むような手法をとれば、いずれ愛想を尽かされてしまうでしょう」
タイパ志向やリキッド消費を“若者だけのもの”と油断していると、企業は足をすくわれるかもしれない。
<識者プロフィール>
久保田進彦氏:青山学院大学経営学部マーケティング学科教授。明治学院大学経済学部卒業後、サンリオに勤務した後、早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。博士(商学)。専門分野はマーケティング、ブランド・マネジメントなど。近年はリキッド消費の研究に尽力。
最終更新日:12/4(日)6:01 ダイヤモンド・オンライン