「味、見た目、匂い、それに食べ方も全部ダメ。日本では無理」――。かつて築地市場(東京・中央区)のプロたちから、こんな風に罵られた魚が今や「脂が乗っていておいしい」「食べやすくハズレがない」(大手水産会社のアンケート)と絶賛され、回転寿司のネタで11年連続1番人気となった。いったいどんな魚か、お分かりだろうか。
その魚は、主に北欧・ノルウェーで養殖されている、お馴染みの「サーモン」。今、サーモンが人気と言っても「当たり前では」と思う人が多いはず。何しろ世界一のマグロ消費国である日本で、その座を揺るがすほど消費され、回転寿司だけでなく、スーパーの魚売り場でも必ず売っている。北海道から沖縄まで、全国の料理店の海鮮丼にもトッピングされ、人気となっているのだから。【川本大吾/時事通信社水産部長】
「物事は最初が肝心」。オルセン氏がサーモンを寿司ネタとして売るという考えを決して曲げずに貫いたことで、今のサーモン人気があると言っても過言ではない。魚流通に詳しい水産アドバイザーは、「ノルウェーサーモンが『切り身』『塩サケ』用としてデビューしていたのなら、『刺し身もOK』と付け加えたとしても、今ほど寿司ネタとして浸透せず、国産やチリなどの塩サケの競争に負け、市場から消えていたかもしれない」と話す。
オルセン氏は今年9月中旬、同国西部のオーレスンにあるホテルでメディア関係者らを対象に開催された講演の場で、当時を振り返りながら、その経緯を語った。ちなみにオルセン氏は今では「サーモン寿司の発明者」として、ノルウェーでちょっとした有名人となっている。
サーモンの寿司ネタとしての可能性を十分に感じていたオルセン氏は、単価の高い刺し身用商材としてのデビューに固執した。こだわり続けた要因については、「日本ではサケを生で食べないという固定観念があるが、ノルウェーのサーモンは(寄生虫がおらず)おいしく食べられる。その偏見さえ払拭できれば、きっと日本で受け入れられると感じた」などと述べている。
今、ノルウェーでは年間、150万トンほどのサーモンが養殖生産されている。南西部の沿岸だけでなく、北極圏で育つブランド魚「オーロラサーモン」の人気も浸透。さらに近年は、漁場環境の保全を視野に、沖合域での養殖も増えたほか、陸上養殖も進められている。
それだけではない。これまでなぜか味わえなかった「サーモンイクラ」も、ノルウェーでの生産をスタートさせたようだ。ある養殖業者は、先行き大規模な出荷も視野に試行錯誤の段階という。オルセン氏のサーモン寿司の可能性を信じた頑なな姿勢は、しっかりと日本に根付いている。イクラ生産が軌道に乗って今後、ノルウェーサーモンの親子丼が食べられるようになるのも、そう遠くはないはずだ。
川本大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長。1967年、東京生まれ。専修大学を卒業後、91年に時事通信社に入社。長年にわたって、水産部で旧築地市場、豊洲市場の取引を取材し続けている。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)。
デイリー新潮編集部
最終更新日:11/21(月)15:11 デイリー新潮