「コロナで暇」起業した大学4年生

2年半に及ぶコロナ禍は、若者の活動が大きく制限された期間でもある。大学生の内定率が落ちたり、採用を取りやめる企業があったりと、学生や新社会人に影響が出た。リモート元年とも呼ばれた2020年は、多くの企業がテレワークを導入。これまで対面で行っていた入社式や新人研修がオンライン化したことで、新入社員と社会の距離感は従来とは大きく変化した。



 だが、その制限を受けながらも「転換力」を武器にフィールドを広げたZ世代がいる。週刊誌AERAでは、そんな若者たちを追った。

20人以上に話を聞き、事業を組み立てていった。このとき、あるヒントをもらう。

「世の中には2種類のワーケーションがあると定義している人がいました。一つは仕事に集中するために部屋にこもること。もう一つはアイデアを探しに行くこと。その両方ができるホテルが充実した予約サービスを作れたらいいんじゃないかと思ったんです」

 だが、走り出した頃の富士さんは、ホテル業界についてはまったくの素人。知識も伝手ももちろんない。営業の電話をかけても、断られることが多かった。

「最初にワーケーションと言われたときは、『あんまり儲からないと思うよ』というのが正直な感想でした」

 そう振り返るのは、東京・新宿から車で西に約190キロ離れた諏訪湖(長野県)のほとりにある「RAKO華乃井ホテル」の小平幸治さん。信州屈指の工業地帯で、コロナ前は出張にきたビジネスパーソンの利用が多かった。


 小平さんは、富士さんらと初めて会った日のことを鮮明に覚えている。

「カタログや名刺を持ってきて、プランを提案する営業とはまったく違う攻め方でくるんです。夏に複数人で来ていただきましたが、一人ジャージーの人がいたりして(笑)。ただ、話してみると、頭の中でちゃんとプランが描かれているし、さまざまなチャレンジをしていることがわかりました」

 オーテルを導入して効果がなければ、やめればいい──小平さんはそう思って参加した。だが、予想外のことが起きた。

「意外と予約が入ってきたんですよ」


 ニーズがあるならば、と諏訪湖が一望できるテラスにコンセント付きのワークスペースを作るなど、ホテル側もワーケーション対応に力を入れ始めた。小平さんいわく、今やオーテルは「ホテル業界で知らない人はいないんじゃないかってくらいの存在感」だという。

  予約通知や会計ページがわかりづらいとなれば、その度にヒアリングして改善する。これからも、提携ホテル一つひとつと二人三脚で走り続ける。

■コロナで「暇」きっかけ

 コロナ禍は社会人だけでなく、学生の生活や考え方にも大きな影響を及ぼした。それまで描いていた仕事への考え方や働き方において、踏襲する前例が通じなくなったといっても過言ではない。言い換えれば、先の富士さんしかり、発想の転換しだいで、これまでにない一歩を踏み出せる世代でもあった。

学生生活が大きく制限されるなかでの在学中の起業も、コロナ禍のZ世代ならではの転換力。近畿大学農学部4年生の西奈槻さん(22)も、その一人だ。

 近鉄奈良駅から、歩いて約11分。町家が並ぶ住宅街の路地裏に、小さなラーメン店がある。

「すするか、すすらんか。」

 そんな一風変わった店名は、店の代表である西さんの口癖「やるか、やらんか」から名付けた。コロナ禍の20年10月にオープンして以来、SNSを中心に話題を呼んでいる。

 看板メニューの「麻婆豆腐ラーメン」は、豆板醤や甜麺醤(テンメンジャン)、唐辛子など7種の調味料から作るこだわりの一杯。ラーメン好きが高じて店を始めたのかと西さんに聞けば、

「コロナで暇になったんで、ちょっと何かしたいと思って」

 と、ラフな答えが返ってきた。

「何をするか探すために、インスタグラムやフェイスブックで経営者の方にメッセージを送りました。最初に連絡したのは、よく食べに行く飲食店のオーナーさん。店を10店舗くらい経営している人で、話を聞いてみたいと思ったんです」


 やりたいことは決まっていないが、何かがしたい。その思いでメッセージを送り続けた。そして3人目に出会ったのが、ラーメン屋の場所を貸してくれることになる大家さんだった。

「経営者になりたいとか、そんなことは話しませんでした。でも、面白いことをしようとする若者を珍しがって応援してくれたのかもしれません」

■“修業”はユーチューブ

 話はトントン拍子に進み、2年限定で場所を貸してくれることになる。だが、何をするかは決まっていない。そんなとき、「宅飲み」で麻婆豆腐をよく作ってくれた友達の顔が浮かんだ。

「お前の麻婆で店やらへん?」

 思い立ったら即行動。その日のうちに、友人に電話をかけていた。


 麻婆豆腐だけで勝負するのは厳しいからと、ラーメンと組み合わせることにした。でも、西さんも友人もラーメンは作ったことがない。どうやって修業したのかというと、

「全部ユーチューブです。料理家の陳建一さんの動画を見て、『これちゃうな、あれちゃうん』みたいな感じでやっていました」

 と振り返る。大家さんに話をしたのが、20年9月9日。その勢いのまま友達に電話をかけまくって、翌日には店のDIYを始める。無我夢中で動き、同年10月3日に店をオープン。2日間で約200人が来店した。

店の宣伝は、デジタルとアナログを組み合わせた。インスタグラムやTikTokで同世代にアプローチしながら、近鉄奈良駅でビラ配りやポスティングもした。

 西さんが在籍する近畿大学といえば、「マグロ大学」として売り出すなど突き抜けた広報力が注目されている。「すするか、すすらんか。」が話題を呼んだのは、日頃からそのPRの凄さを体感していたことのたまものなのか。

「そのあたりに関しての知識は全然なくて。そもそも、宣伝を始めたのも店をオープンしてからなんです。普通は先にチラシを配っておいたほうが効率いいじゃないですか。僕らはプロモーションのこともよく知らなかったんです」

 西さんを見ていると、やる前に考えるのでも、やりながら考えるでもない。口癖の通り、「やるか、やらんか」の2択だから、やってからどうするかを考える。

「最初は何でラーメンをやっているかも、わかっていなかったんです。でも、人の心を動かすのが好きやなってのはずっと昔からあった」

 ラーメンを提供することで、食べた人の心を動かすことはできる。だが、半年ほど経った頃から、もう少し具体的にビジョンを持ちたいと思うようになると、ここでも「やるか」を発揮。伝手をたどり、奈良の地で江戸時代から続く老舗「中川政七商店」の会長にメールで連絡したのがきっかけでノウハウを学べることになり、22年4月には株式会社「やるかやらんか」を創業。若者が「直接的に人生の選択肢を見いだせる環境をつくる」ことを目指す。

「極端な話ラーメン屋じゃなくてもいいんです。でも、結局、やるしかない」 


■「変化」を生きるZ世代

 コロナ禍が育てたZ世代のたくましさは、就活状況にも現れている。

 91.2→81.2→85.3→87.8。

 この数字は、リクルートによる過去4年間(20、21、22、23年卒)の大学生(大学院生除く)の8月1日時点(各年)の内定率だ。新型コロナの影響を受ける前の20年と翌年とでは、内定率は10%減。感染拡大により、旅行会社や航空会社が採用を取りやめるなど、波乱が続いた。

 だが、西さんのようにコロナ禍を逆手に取って新しいことに挑戦したり、富士さんのように次々に発想を転換してビジネスを生み出したりと、若者たちは転換力を武器に変化の時代に立ち向かっている。コロナ禍3年目となる今年は、ANAやJALなどのエアラインも採用を再開。就活戦線「異状あり」も、少しずつ回復の兆しが見えている。

(AERA編集部・福井しほ)

※この記事はAERA dot.とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。

最終更新日:11/7(月)20:41 AERA dot.

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6443984

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