コロナ禍を経て「キャンプブーム」は加速し、観光庁「旅行・観光消費動向調査」によると、2021年の国内宿泊観光・レクリエーション旅行におけるキャンプ場利用率は6.5%と、2020年から2.4ポイント増となった。しかし、最初は自然を満喫していたはずが、いつしかキャンプから距離をおくようになってしまった人も、いったい何が?
翌朝、掃除機の音で目が覚めた。「キャンプ場で掃除機?」と寝ぼけ眼で外を見ると、前出の“批評軍団”が、早々に撤収モードに入っている。芝生の上のシートやテントにコードレス掃除機をかけ、埃をコロコロで払う。そしてアルコール除菌シートで、椅子や食器を徹底的に拭きあげる。ピカピカのギアを大事そうに包んで車に積み込み、早朝にキャンプ場を後にした。無論、楽しみ方は人それぞれ。だが「ちょっと神経質過ぎやしないか?」と違和感が拭えなかったのも事実だった。
その後、キャンプ好きの友人らにその話をすると、「キャンプのマウンティングの世界は、なかなか奥深いよ」と呟く。聞けば、道具や作法、スタイルを巡り、さまざまな派閥争いも生まれているという。
「見栄を張って道具を買い続けているのが馬鹿らしくなって、しばらくキャンプから離れることにしました」
こう話すのは、神奈川県在住のAさん(35・男性)。Aさんは、10年ほど前からキャンプにのめり込み、休みのたびに道具を車に積んで自然の中に出かけては、外遊びを満喫していた。流れが変わってきたのが、ここ数年のキャンプブームだ。ブームに乗じてキャンプ人口が増え、Aさんの周りの友人や同僚でも、新たにキャンプを始める人が出てきた。
最初の頃は「一緒に行く相手が増えて嬉しい」とホクホクしていたのだが、友人や同僚が揃え始めた高価格帯で知られる人気ブランドのキャンプ道具を前に、対抗心がむくむくと湧き始めた。よく一緒にキャンプに行くメンバーで作ったLINEグループには、「どうせ買うなら、このブランドのテントじゃないと」「○○や××のブランドは、恥ずかしくて使えない」と、いつしかブランド意識にあふれた会話が繰り広げられるように。
「今月はこれを買った」「ボーナスでは、あれを狙っている」と、“買った自慢”や“買う予定リスト”を送り合うのも常だ。Aさんはそれまで特にブランド志向がなく、「安くて使い勝手の良いもの」という自分なりの基準で道具を選んでいたが、友人や同僚らに触発され、徐々に自分もブランドの道具を揃えるようになってしまった。
テントに10万円、焚き火台やテーブル、ストーブや料理道具にも3~5万円単位でお金が飛んで行く。こだわり始めるとテントも1種類では事足りず、用途や人数に応じて複数欲しくなる。キャンプに行って道具を自慢し合い、隣のテントを覗けば新たに欲しいものができるという無限ループ。ここ数年、それを繰り返すうちに「自分は何をやっているのだろう」という気持ちになったという。
「キャンプ道具はかさばるし、家に道具の置き場もなくなってきた。何より“自然の中で楽しむ”という目的が、いつの間にか、身の丈に合わない消費活動に変わっていたなと思う」(Aさん)
道具の見栄もあれば、スタイルや作法を張り合うマウンティングもある。東京都在住のBさん(37・男性)は、キャンプブームに後押しされる形で、昨年からキャンプを始めた一人だ。慌ただしい日常から離れ、自然の中に身を置く気持ち良さにハマり、週末のたびに家族や友人とともに近隣のキャンプ場に通う。
だが、ある出来事をきっかけに、キャンプ場で人の目が気になるようになった。それは、思わく渋滞にはまってキャンプ場への到着が遅くなった時のこと。周囲から遅れをとってテントを立て始めたが、「早く設営しないと、日が暮れてしまう」と気持ちが焦り、いつも以上に設営にもたついてしまった。その時、遠くのテントから「あ~初心者さんかな。手つきが慣れてないね」「慣れてないなら、もっと早く来なくちゃ」「いや、そうじゃなくて、先にテントを広げてから作業しないと……」などと、声が聞こえてきた。
声をたどると、明らかに自分が会話のタネにされている。他人の不幸は蜜の味じゃないが、日暮れに差し掛かる時間に、設営にもたつく自分の姿が、格好の“酒の肴”にされていた。
その後、しばらくマイペースに楽しみたいと、ソロキャンプで無料のキャンプ場に行ったが、そこで思わぬ“説教”を受ける羽目に。慣れた手つきでテントを設営し、リラックスして自然に溶け込んでいる50~60代の男性と隣り合った。
男性は、Bさんが道具を出し始めると、「あちゃ~、随分とお金をかけちゃってるんだねえ」と話しかけてきたという。Bさんは、比較的手頃な価格帯で知られるブランドを愛用してはいるが、その男性から見れば「お金をかけ過ぎ」と見えるらしい。
聞けば男性は、道具の多くを100円均一のグッズで揃えているという。「少し前までブルーシートを張ってテント代わりにしていた」「いかにお金をかけずに楽しむかがキャンプの醍醐味」と、節約しながらキャンプを楽しむスタイルの持ち主だそう。
男性は、その辺に落ちていた枝で箸も作れば、アルミ缶を使ってアルコールランプも作る。火打ち石で火を起こすのがマイルールだが、松ぼっくりや杉、松、シラカバなどの樹皮など、“その辺に落ちているもの”が着火剤として活用できる場合には、それらを使うこともある。とにかくキャンプのために新たに物を買うのを極力避けるのが流儀だと力説する。
「キャンプも贅沢な遊びになっちゃってねえ。本来はもっとお金をかけない遊びだったんだけれど。大体、道具を買うなんて本当のキャンプじゃないよ」
気づけば、男性のキャンプ論を長時間にわたって聞く羽目に。「いかに道具を買わないか」というマウンティングもあることを実感したという。
「SNSを見ても、いろんなキャンプのスタイルや派閥があって、それぞれが論を振りかざしている。そういうのって正直、面倒だなって思います。それぞれがキャンプを楽しめば、それで良いんじゃないかと思うんですが……」(Bさん)
「90年代のアウトドアブームを支えた世代は、“キャンプたるもの、こうあるべき”という姿勢が強い人も少なくない。その時代からキャンプを続けている人にとっては、今の“おしゃキャン(お洒落なキャンプ)”的な動きに意見したくなる気持ちが強いのかもしれません」
こう話すのは、ブームの動きについて詳しいトレンド評論家の牛窪恵さん。今、キャンプブームの裏で、さまざまなマウンティングの動きが見られている。
「背景には、SNSの影響が色濃く存在します」(牛窪さん)
インスタグラムを見れば、「道具にこだわる派」「お金をかけない派」といった“派閥”もあれば、「#ソロキャンプ」「#おしゃキャン」「#家キャン」など、それぞれのスタイルを示すハッシュタグも無数にある。それぞれが道具やキャンプの工夫、食事、スタイルなどを披露し合い、まさに「見せるキャンプ」を謳歌しているようだ。
「ハッシュタグ文化は、それぞれのコミュニティの中で自然と自慢し合う文化が生まれ、序列ができやすい。人より新しくレアなモノや視点を求める心理が、SNSによって可視化しやすい側面もある」(牛窪さん)
男女によって、自慢の傾向にも違いがあるという。牛窪さんによれば、男性は“コレクション欲求”が強く、集めたコレクションを見せて「どうだ」と胸を張りたい欲求が強い人が多い。それに対し女性は、「どう工夫するか、どう生かすか」というアイディアで承認欲求が高まりやすい傾向にあるという。
「いくつもの派閥やスタイルが生まれる背景には、ブームの長期化が影響しています。鉄道好きも“撮り鉄”や“乗り鉄”などコミュニティが分かれるように、ブームが長引くと、その楽しみ方が細分化してくる。コミュニティが枝分かれするにつれ、またそのグループごとに序列が生まれる、という流れです」(同)
「キャンプから距離を置いている」という前出のAさんは、離れてから本来のキャンプの楽しみに気づけたという。いわく、「なぜキャンプに行きたいのかという本来の目的に立ち返れた気もする」(A さん)。自分なりの軸に戻れたら、またキャンプを楽しめるようになりそうだ。牛窪さんも、「行動心理学的に見ても、ブームに疲れたら、一度離れてみることで、自分に必要なものかどうかが分かる」という。
秋も深まりキャンプのベストシーズン、あなたはどう楽しみますか? (松岡かすみ)
最終更新日:10/29(土)13:42 AERA dot.