1997年、『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載がはじまった大人気作品『ONE PIECE』。連載開始から現在までの期間、ジャンプでは『Hunter×Hunter』『NARUTO』『暗殺教室』『僕のヒーローアカデミア』『鬼滅の刃』など数々の人気作が誕生したが、その中でも常に人気トップを維持してきた。なぜ、これほど読者を惹きつけることができるのだろうか。今回は、ジャンプ史を振り返りながら『ONE PIECE』の凄さを分析しつつ、『ONE PIECE』というコンテンツ(単行本、アニメ、映画、グッズなど)が生み出した経済圏の規模について解説したい。
●読者離れが進んだ2010年代、何が売上を支えた?
ただ、そんな華々しいばかりのトップタイトルであっても、「ヒットならではの流行り廃り」の重力からは免れることはできない。
上記の受賞があらかた2010~2012年ごろに集中していることが分かるだろうか。これは本作における「東の海編」(1~12巻)、「アラバスタ編」(12~23巻)、「空島編」(24~32巻)、「ウォーターセブン編」(32~46巻)、「スリラーパーク編」(46~50巻)ときて、物語の前半部の終着点「頂上戦争編」(50~61巻)に達していた時期である。
コミックスも2012年の67巻初版405万部をピークにそこから徐々に初版部数を落とし、巻別で見ても400万部売れていたこの頃から10年間ずっと売り上げを減らしている。2021年頃の90巻代になってくると半分の200万部まで(それでもスゴイが)コミックスの購入者は減らしていく。
週刊少年ジャンプは2013年時点まで10年以上にわたって300万部弱で「底打ち」をしていたが、まさにONE PIECEと連動するかのように2014~2017年でふたたび下降フェーズに入り、182万部(2017年平均)と200万部を切るところにまで落ちる。
Googleトレンドで見ると、まさに日本では2010~2011年がマンガ・アニメのピークで、連載20周年となる2017年も28雑誌でのONE PIECEジャックや、ハリウッド版ドラマ化発表なので盛り上がるが、基本的には上り調子だった2000年代に比べて2010年代は維持とユーザー離れに汲々していた時代だったと言える。
IRで明確になっているワンピース関連売上でも、バンダイナムコホールディングスの玩具売上では2011年ピークの112億から2013年には25億まで落ち、2015~2016年には集計から外れてしまうほどだった。
東映アニメーションでの「国内版権売上」はソシャゲブームに乗っかり、ずっと安定的に30~40億円を維持してきたが、決して成長路線にあったというわけではない。むしろ「海外版権売上」と「海外映像売上」と、アニメとアプリゲームの海外展開で17億(2013)→31億(2015)→50億(2017)→60億(2020)へと拡大しており、「(国内は頭打ちだが)海外で稼ぐようになってきた」のが、ここ5年ほどの動きである。
玩具だけでない、映像やゲーム含めたバンダイナムコのIP売上も2016年から急激に回復し、2012年ピークの350億弱を超えるのが2019年、2021年には450億弱にまで到達するが、これらも「海外」という新しい市場が大きな貢献をしている。
●集英社が仕掛けた『ONE PIECE RED』、なぜ成功したか?
もはやジャンプ自体のヒットを作り出す力が落ちている。そんな話が聞こえ始めた2010年代前半は、電子マンガの勢いとともにヒット作品はどんどん量産される2010年代後半には過ぎ去った話でしかなくなった。
『鬼滅の刃』の熱狂は過去10数年見たことのないレベルのもので、それに続くように『呪術廻戦』と『SPY×FAMILY』は新しいメディアに乗り換えながら、新しいジャンプのヒット黄金法則をなぞるようになっていく。
これらは週刊誌でトップを飾り続けてきた『ONE PIECE』にとって「脅威」でもあったが、結果的には「後押し」になったと考えるべきだろう。もはや一定ユーザーを満足させるための装置にしかなり得ない「テレビアニメ」に対して、(最近の東宝の快調からも分かるように)「劇場版アニメ」は人気の再興や人々の興味を惹きつけるための格好のメディアとして復活してきた“古いけど新しい使い方ができるメディア”でもある。
興行収入120億円―『ONE PIECE RED』は公開から26日間で860万人を集め、『鬼滅の刃 無限列車編』(2020)や新海誠監督作品、ジブリ作品には及ばないものの、『呪術廻戦0』の137億円を超えるペースで数字を重ねている。1990~2000年代と、どうしても劇場版アニメの世界ではかなわなかった『名探偵コナン』(2019年93.7億円)や『ドラえもん』(2018年53.7億円)など、小学館発の作品の劇場版アニメの売上を大きく超えるようになってきた、集英社と東宝の新しいメディアミックス新展開である。
成功要因はONE PIECEの25年にわたるたゆまぬ努力の結果とも言えるが、何よりVTuber(顔出ししないアニメキャラとして歌唱・ゲーム実況・雑談をするYouTuber)でもある「Ado(アド)」とのコラボが決定的だったと考える。
ここでちょっとした秘密を暴露するが、小学生になる私の2人の子供は、「ルフィ」すら知らずに『ONE PIECE RED』を見に行きたいとねだった。「うっせえわ」という曲で一躍有名になっていたAdoの映画だから、というのだ。ちなみに、ゴールド・ロジャーと白ひげとシャンクスだけは知っていた。UNDERBAR Channelのコント動画で見ていたからだ。なんて偏った知識……いずれもYouTubeのみの知識である。
ストーリーもキャラ設定も「やや強引」に思えたAdoが歌姫を演じる「ウタ」というキャラクターは、ふたをあけてみれば大成功だった。Adoは2017年にニコニコ動画のボカロ楽曲で登場していから、2020年10月にユニバーサルよりメジャーデビューし、彼女の歌う「うっせぇわ」は2億回以上再生される大ヒット、YouTubeチャンネルも9月の11万から半年をたたずに100万登録を超え、2022年に入ってからは300万登録まで到達する。すでに「ヨルシカ」や「初音ミク」のチャンネル登録数を超えている。
登録者数132万人まで到達していたYouTuberガーシーこと東谷義和が約29万票を得票して当選した2022年7月の参院選は記憶に新しいが、単純に考えてAdoの現時点で約400万の登録者のうち100万人以上もの子供たち、そしてその親も含めて数百万人が彼女1人のコラボ効果によって『ONE PIECE RED』の興収に貢献したと考えるのは、それほど飛躍しすぎな議論でもないだろう。
●『ONE PIECE』が作り出した“とんでもない経済圏”の内訳
これまで本連載の第3回で見てきたように、コンテンツの「認知度」と「経済圏」は連動しない。ワンピースは2000年代を通じてマンガと映画と家庭用ゲームによって年100億円を稼ぐヒットコンテンツだったが、2010~2012年に原作同様に経済圏としても400億円級のピークをつける。玩具も映画も家庭用ゲームもそれぞれ100億円といった具合に売れていたからだ。
だがマンガの販売部数では停滞していたその後の10年間は、アプリゲームが尻上がりに伸びており、さらには海外でのファンが純増することで「経済圏」としては成長基軸にあり、2022年は予測ベースのワンピース経済圏が約1,000億円(ライセンスを小売価格ベースに割り戻すと3,000億円級)、25年間の累積で1兆円となる。10年前の「コアファンによる人気」ピークの2倍近い着地になりそうだ。
そしてONE PIECEは現在「ワノ国編」を終えて、今終幕のカーテンコールが聞こえてきている。それは嬉しくもあり、寂しくもある、20世紀マスメディア全盛期時代の最後のブザーかもしれない。
最終更新日:9/27(火)11:25 ビジネス+IT