東京都区部の公立中学校制服一式の価格は、男子用が3万5563円、女子用が3万4295円(2022年3月、総務省統計局)。17年に公正取引委員会が公表した「公立中学校における制服の取引実態に関する調査」で、学校が制服を指定する大きな理由の一つとして「生徒や保護者の経済的負担を軽減する」ことが挙げられた。しかし、成長期に制服を買い替える可能性を考えると、家計負担の低減につながるかは疑問符がつく。それに対する試みとして今春、さいたま市立大宮北高校は安価なユニクロの商品を新たに制服に加えた。「生徒、保護者の負担を減らして、選択の幅を広げてあげたい」という趣旨だった。ところが、いざ新入生を迎えると、想定外の事態が起こった。一部の生徒の制服購入費が安くなるどころか、逆に上がったのだ。
えっ、私服OKなんですか?と筆者が思わず口にすると、筒井さんはこう切り返す。
「いえ、これが新しい制服なんです。ユニクロの『ドライカノコポロシャツ』というアイテムであれば11の販売色、どの色を着てもかまいません。ふつうのシャツについても、白、青、グレーであればどこの製品でもOKです。ユニクロ以外にもいろいろありますから。なので、パッと見、生徒たちは自由な服装をしているように思われるかもしれませんね」
スラックスやスカート、セーターの色も選べる。体形に合うサイズがなければ、学校と相談のうえ、旧制服か、別のアイテムを着用できるという。
入学時、男子は旧制服の学ランを着る生徒が2、3割いたが、「夏休み前には見かけなくなりました」と筒井さんは言い、こう続ける。
「本日の公開授業を中学3年生と保護者が見学して、これだけ多くの生徒がユニクロ制服を着ている、どんな色の服でも悪目立ちすることもないし、生徒も先生もそれを許容している学校なんだ、と感じていただけると思います。導入時のコンセプト『生徒も考える、安価でシンプル、スマートな機能的標準服、ジェンダーレスも重要な要素』がかたちになって表れてきていると思います」
ここまで自由な服装が許されるのであれば、もはや制服は必要なく、私服でいいのではないか?
ところが、「私服ではダメなんです」と、筒井さんはきっぱりと言った。
■決められたなかでアレンジ
かつて、制服は学校への帰属意識を高める管理教育の象徴だった。しかし、1980年代以降「ダサい」制服は、「かわいい」「かっこいい」制服にモデルチェンジが進み、生徒側の「管理される」という意識は希薄になった。しかし、意外にも「生徒も保護者も私服を望んでいるわけではない。というか、私服化にはすごく抵抗があります」と、筒井さんは言う。
「先ほど話した横並び意識と重なりますが、ある程度決められた範囲内で自分のアレンジをちょっと出すくらいが今っぽいのかもしれません」
私服を敬遠する理由はさまざまだ。他の生徒と違う服を着ることの抵抗感、毎朝服選びをすることの面倒くささ、逆に同じ服を着ていけば裕福でない家庭の事情が透けて見えてしまう、など。
「アンケートをとると、ほとんどの人が私服化を望んでいないことがわかりました。今回の制服改定のコンセプトに照らして考えると、私服にこだわる必要性は感じませんでした。なので、私服化の検討はやめました」
■話題の一方で苦情も増加
筒井さんが既製品の服を制服にできないかと調べ始めたのは21年春のこと。すると、三重県鳥羽市立の中学校がユニクロの商品を準制服として採用していることがわかった。大宮北高校がユニクロ制服の導入を検討していることを校外に公表したのは、ちょうど1年前の学校説明会だった。
「最寄りのユニクロ店舗からマネキンを借りて、それに制服に採用しようと考えていたジャケットやスラックス、スカートを着せて体育館に集まった中学3年生や保護者に見せたんです。受験校を絞り込む前に知らせることは義務だな、と思いました」
その場でユニクロ制服についてアンケートをとると、結果は好評だった。
「『かっこいい、かわいいと思う』はあまりありませんでしたが、『いいと思う』が圧倒的でした」
ところが、この動きを全国紙が伝えると、否定的なコメントがSNSにあふれた。
<ユニクロ製品を学校制服に検討しているとは何事だ!>
<日本の繊維産業を守れ!>
などと、次々に苦情が寄せられた。
「みんなから怒られて散々でしたが、今春、新入生がユニクロ制服を着て登校するようになると、マスコミが好意的に取り上げてくれるようになったんです。否定的なコメントも劇的に減りました」
■スラックスが好評の理由
公開授業の後、当事者である1年生を集めて、ユニクロ制服について、ざっくばらんに語ってもらった。
男子生徒が「学園祭の準備で汚してしまったんですけど、安価だから買い直しやすい」と言うと、「学校帰りにユニクロの店舗に立ち寄って買えるのでチョー楽。安いし」と、女子生徒が続ける。
多くの1年生が着ているポロシャツは1990円。保護者にとってもありがたい安さだ。
服選びはどうしているのか?
「そのとき洗ってあるものをその日の気分で選ぶ場合もあるし、朝、時間がなくて、アイロンをかけるのが面倒くさいな、というときはポロシャツを着たりしています」(女子生徒)
予想していたとおり、スラックスが選べるのは女子生徒たちに好評だった。
「スカートはめくれて面倒くさくて嫌だという人が結構スラックスをはいています」「雨が降っていたらスカートで電車だけど、晴れていたらスラックスをはいて自転車で行く」など。
一方、スカートについては「かわいらしさが不足している」ことが不満という。
「スカートにプリーツがないのがさみしい」「中学校時代の友だちと再会したら『OLじゃん』って、めっちゃ笑われた(笑)」。でも、ユニクロ制服を否定する雰囲気はない。いま、この制服に合わせるネクタイとリボンを試作中だそうで、それを着用すればユニクロ制服の印象は変わるかもしれない。
もう一つの問題点は防寒性だ。ポロシャツと同様に販売色すべてOKのセーターも用意されるが、上着のジャケットは風が吹き込みやすい。アイテムは全般的に生地が薄く寒いという。
「冬になったら旧制服の学ランを着るかもしれない。寒いよりはましだから」と男子生徒が言うと、周囲から「わかる、わかる」。
それに対して、筒井さんは「セーター販売が今月から始まっているよ。ヒートテックのスラックスの導入も考えているんだ」と言い、サンプル品を見せると、「へえー、すごい」と声が上がった。
■保護者からはおおむね好評
午後、体育館に約800人の中学3年生と保護者が集まった。保護者はユニクロ制服をどう見ているのか?
「ユニクロ制服の導入で子どもたちにとって自由度と選択肢が増えた」(男性保護者)
「夏はポロシャツが選べる。ワイシャツよりも洗いやすい」(女性保護者)
「ふつうの制服に比べて購入費を抑えられる」(女性保護者)
旧制服一式約5万円というのは一般的な制服の価格である。しかし、ファストファッションが世の中に広く行き渡っているいまの時代においては、やはり高いと感じる。
「疑問があるのに、それを知らんぷりするのはいけないと思いました。当たり前を疑い、おかしいと思うことを放置せず、最後までやり切ることが大事、と生徒にも普段から言っていますから」(筒井さん)
大宮北高校の事例は生徒や教員の制服に対する思いだけでなく、「日本の制服の構図」を浮かび上がらせる。それが机上論ではなく、リアルなだけに強い説得力を感じた。
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)
最終更新日:9/26(月)16:36 AERA dot.