アイロボットが製造販売するロボット掃除機『ルンバ(Roomba)』。米国市場以外で初めて進出した国が日本であり、2002年の発売から今年で20周年を迎える。同製品の登場により、これまでの掃除スタイルは一変。「最も身近なロボット」として掃除機以上の存在に至っている。先日アマゾン・ドット・コムによる同社の買収も発表され、今後の動向にも注目が集まっている。家庭用クリーニング製品に革新をもたらした功績をひも解く。
■ルンバの原点は「地雷除去ロボット」 赤字続きのなかで生まれた起死回生の“ダストパピー”
アイロボットは、ロボット掃除機『ルンバ』のメーカーとして広く知られているが、もともとはマサチューセッツ工科大学(MIT)で人工知能の研究をしていた科学者たちにより、1990年に創立。マッピング&ナビゲーション、人とロボットの交流、物理的ソリューションなど、最先端技術の開発を行なっている。
創業から、地球外探査や地雷の除去など、“人が行けない危険な場所”で活躍するロボットを開発していた同社。産業用ロボットメーカーとして、確固たる地位を築いていたが、収益には結びつかず、創業から2003年までの13年間は赤字続きだったという。
そんな中、2002年に初代ルンバの『ルンバオリジナル』を発売する。原型となったのは、1997年に開発された陸地の地雷を探査・除去するロボット『Fetch(フェッチ)』、海に埋められた地雷を探査するロボット『Ariel(アリエル)』。部屋のどこに落ちているか分からないゴミを探し、集めるルンバの動きは、“見落とし”が許されない地雷探査のノウハウを活かしたものだった。
「産業用ロボット開発の過程でナビゲーション技術を培い、そのノウハウを家の中に活用できないか? と考えたのが開発のきっかけでした」(アイロボットジャパン コーポレートコミュニケーション 村田佳代さん)
日本でも「日本ネーミング大賞2021」を受賞するなど、世界で認知されている『ルンバ』。一般発売に伴い、製品名を決めることになったが、開発者たちが当初つけていた名前は「ダストパピー(=汚れた子犬)」だったという話も。
「ロボット掃除機を発売するにあたり、当時社内で名前を公募しましたが、『ダストパピー』や『サイバーサック』など、エンジニアが提案するネーミングはどれもいまひとつでした。そこでネーミングのプロに相談したところ、踊りの“Rumba”と部屋の“Room”を掛け合わせて『Roomba』はどうか、というアイディアをいただきました。部屋の中を踊るように掃除するイメージができ、みんなが気に入り決定されました」
赤字脱却のため満を持して発売された『ルンバ』に転機が訪れる。売れるかどうかわからず当初の製造は1万5000台だったというが、クリスマス商戦で大ヒットし、追加受注が相次ぐ。その後も順調に売り上げを伸ばしていき、米国以外の日本での販売に乗り切る。
「その当時は“ロボットに掃除をさせる”という概念が日本にはなかったため、現場での苦労はたくさんありました。そのシェイプから体重計と間違われたり、ロボットというネーミングからおもちゃ売り場に置かれたりしたこともあったそうです」
2002年当時は犬型ロボット『AIBO』が話題だったこともあり、『ルンバ』は“掃除機”ではなく“玩具”として認識されたのかもしれない。かくしてアイロボットは一旦日本市場から撤退するが、2003年に取り扱い代理店を変更し、再び日本市場へと参入。新戦略を用いて巻き返しを図ることに。
「家電量販店での販売をメインとし、そこでの実演を重点的に行なったり、テレビCMなどのマーケティングに注力したりしました。お陰で2009年頃には認知度が上がり、『ルンバ』という親しみやすいネーミングも手伝って、多くのご家庭で家族のように受け入れていただけるようになりました」
現在では、毎年のように改良モデルを発表し販売。しかしいまだに国内の世帯普及率は10%にも満たない。ロボット掃除機の購入障壁となっているのは、主に『価格』『キチンと掃除してくれるか不安』『自分で掃除したい』の3点だと村田さんは言う。新製品の開発にも、これらをいかに克服するかがポイントとなるそうだ。
「手の届きやすい価格の実現はもちろんですが、『ルンバ』が最後まで掃除をやり遂げるミッションコンプリート率の向上や、平行して清掃機能のアップ、また操作性やアプリの使いやすさなども重要な点です」
ちなみに、同製品は全てグローバル統一モデルであり、世界中のユーザーが同じものを使用している。「洗えるダスト容器」など日本マーケットからのアイデアが、グローバルで採用された例もあるという。
「日本は欧米と違って靴を脱いだ居住空間になりますので、クリーンベース(自動ゴミ収集機)に砂やドロなどの重いゴミが溜まりにくいことから、最近ではクリーンベースの紙パック交換の目安表記を日本市場のみ、60日から1年に延長しています」
2016年には軍事開発部門を売却し、家庭用ロボットの開発に集中することとなった。2022年2月の時点で、『ルンバ』の世界累計販売台数は4000万台、国内出荷台数は7月時点で500万台になる。2018年に販売開始した『ルンバe5』がそのコストパフォーマンスから日本市場で受け入れられ、以来1年から1.5年のペースで100万台ずつ出荷台数を伸長させているという。また今年7月の『ルンバi2』の発表時には「国内世帯普及率8.3%」と発表しており、着実にシェアを伸ばしている。
同社のミッションは「Empower people to do more -人がより多くのことをできるように後押しする-」。「これは製品をお使いいただくお客様に限らず、社員やその家族、取引先にも当てはまります。この理念は1990年の創業から変わっていません」と村田さんは話す。
「ロボット専業メーカーであること」という点においても、創業30余年にわたり一貫しているそうだ。
「私たちは産業用ロボットで培った豊富なマッピングやナビゲーション技術を駆使して『ルンバ』を開発しています。『ルンバ』がどこにいてどこを掃除すべきか? またベッドの下やソファの奥など、掃除機では掃除できないところまでキチンとたどり着くテクノロジーは他の家電メーカーが作るロボット掃除機には負けないと自負しています」
今年2月頃に新発売された機種『ルンバj7』では、カメラとAIによる学習で「ペットのウンチをルンバが吸引してしまう」問題を解決。ウンチを避ける学習をさせるために、AIに10万枚以上のウンチの模型の形状等を学習させた。これはネットでも話題となり、SNSでは「ルンバのAIがかわいそう……」と同情の声も寄せられたほど。このように同社の開発力により、生活者とロボット掃除機が密接した関係を築き、いち家族であるかのように親しみを持たれる存在にまでなっていった。
「『ルンバ』はどんな時でも使う人に寄り添い、皆さんの暮らしが豊かになるようサポートしていきたいと考えています」と村田さんは力強く語る。
紛争地帯や原発で活躍してきたロボットは、20年経った今では世界中で親しまれるものとなり、家庭での居場所を獲得してきた。今後、IoTやAIの技術を活用したスマートホーム化は主流になり、ロボット掃除機にも今まで以上の役割や可能性が求められるだろう。
最終更新日:9/22(木)12:40 オリコン