手取り15万円 自動車整備士の窮状

「人の命を預かっているのに、手取りは15万円」。25歳の男性自動車整備士は言う。男性の職場に冷暖房設備はなく、夏には熱中症のような症状が出る。自動車整備士は、車の利用者が安全に乗れるように整備することから、「カードクター(車のお医者さん)」とも言われている。一方、自動車専門学校の入学者はこの15年で半減。人材不足が深刻だ。現状を取材した。(取材・文:板垣聡旨/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

菅沼ゆうきさん(仮名、22)は、早く働き始めたいという思いから、東京都にある自動車専門学校の2年制コースに進学。在学中に二級自動車整備士資格(ガソリン、ジーゼル)を取得した。2019年3月に卒業し、翌月から大手自動車メーカーのディーラーで働いている。現在、入社4年目を迎えた。

1日に平均6台の車を点検する。残業が月40時間を超えても、手取りは20万円に届かない。菅沼さんは「国家資格なのにこんなに安いのか」と不満を口にする。

「仕事をやめようとは常に思っていますよ。でも無理なんです。就職説明会の時、『入社すると祝金として20万円あげます』と言われました。実際に入社すると、20万円を貸すということでした。5年間働き続けると、そのお金を返さないでいいんだと。人を囲い込むためにやっているそうです。安月給だったので結局、借りてしまって……。生活がギリギリなので、20万円を返せなくて、やめられないんです」

菅沼さんの会社では、残業が許可されているのは午後10時まで。別店舗の同期社員には、仕事が終わらないため、タイムカードを午後10時に処理し、深夜12時まで残業をしている人もいる。

「人手はギリギリです。会社も若い整備士をなかなか集められず、無資格の外国人労働者を採用するなどしています。中には日本語が全くしゃべれない人もいます」

「うちの学校の志願者数はそこまで減っていません。ただ、自動車整備士以外の業界に就職する人が多いですね。例えば、建設機械あるいは旅客(タクシーやバス)、運輸業の会社へ就職することが多いです。これらは自社で整備部門を抱えています。ディーラーなどの整備場よりも、給与面など待遇がいいところはたくさんありますから」

撮影禁止を条件に、学校の廊下に張り出されている求人票を見せてもらった。

高いところは月給25万円を超え、賞与も年2回もらえる。それらは主に、タクシーやバスなどの会社が自社で構えている整備部門の求人だ。ディーラーや町工場の整備場の求人で賃金が高いところは多くはなかった。整備士の資格手当は、1万~2万円のところがほとんどで、月給10万円に諸手当が5万円という求人もあった。田中さんは「諸手当が毎月ちゃんと払われるかは怪しい」と話す。

2021年度版の自動車整備白書によれば、自動車整備士の平均年収は398万円で9年連続の増加となった。一方、2020年度の国税庁の調査によると、民間の給与所得者の平均年収は433万円。自動車整備士の年収は平均を下回っている。

なぜ、自動車整備業界は年収が低いのか。

「整備場の主な収入は車検整備です。高いと言われる車検(の金額)も、本当はそんなに高くないんですよ。半分くらいは税金や保険料でもっていかれるから。差し引いたら、民間の整備場に残るお金なんて数万円ですよ。一方で、1台の車整備にかかる時間はどんなに早くても3時間。もっとかかる車もあります。時間がかかるのに残るお金は少ないんです」

人材不足や労働実態について、政府としての対応はどうだろうか。岸田首相は2022年1月13日、東京都内の自動車販売店を訪れ、自動車整備士らと意見交換をした。岸田首相は記者団に、人材育成や新技術による設備投資をしなければならないとしたうえで、「業界全体の収益力の向上とあわせて、働く一人ひとりの賃上げも考えていかなければならない」と話した。ただ、この内容は2014年の閣議決定における提言と変わりはなく、改善は進展していないといえる。

国土交通省・自動車局整備課の担当者はこう語る。

「人材不足や賃金面の調査は、これまで具体的には行われていないんです。ただ、人材不足といった管理の問題に関してどういう対応が必要なのか議論はします。また、環境整備のガイドラインを作成したり、自動車整備士の魅力向上の一環として、自動車点検整備推進協議会などと、全国各地で整備場の経営について話すセミナーを開催したりしています」

「国が資格ごとの報酬を作るべき」と訴える業界のOBもいる。これまで国内外で20年以上、業界の品質保証、生産管理や労務管理について課題解決の提案をしてきた細原敏之さん(66)。自動車メーカーと間接取引のある部品供給の企業に勤務後、国際システム研究所というコンサルタント会社を立ち上げた。

「介護士や看護師、保育士と同様に、自動車整備士も国がサービスの価格を決めてもいいのではないでしょうか。整備士の質と量の不足は、車を使う人の命に関わります。行政の他にも、ディーラーと町工場が手を組んで業務を分け合い、互いの不得意をカバーするなど、生産性を高めるべきでしょう。一部の地域では、ディーラーが対応できない昔の車を、町工場の整備場に依頼するといった事例もあります。まずはそういった策を考えられるように、日々の業務に余裕を持たせる何かしらの改善が必要です」

最終更新日:9/5(月)17:00 Yahoo!ニュース オリジナル 特集

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6437765

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