横浜市の「WISHBON(ウイッシュボン)」は創業41年の菓子工場で、OEM(相手先ブランドによる生産)と自社ブランドの両軸を展開しています。2代目社長の永野健一さん(46)は、離職率が高い洋菓子業界で働きやすさの追求や業務効率化を一歩ずつ進め、新ブランドの直営店を立ち上げるなど、右肩上がりの成長を続けています。
永野さんはいずれ起業するにしても、家業での経験は役立つのではと思い、父と相談の上、2005年に29歳でウイッシュボンに入社します。
自分ひとりの部署となる「管理室」を新たに立ち上げ、生産計画や品質管理、営業、商品企画、人事などに関わると、前職までとの違いを痛感します。「工場は朝早くから深夜帯まで稼働し、社員には残業代も全部は出ていませんでした。社員はみんな真面目で(取引先からの)オーダーがいつもの倍あっても、その日のうちに終わらせなければいけない状況でした。一生懸命働いているのにこのままでは良くない。当たり前に休めて、働いた分きちんと稼げるようにしようと思いました」
当時は社員20人、パート・アルバイト30人の体制でしたが、フレキシブルに対応するためには一層の人材確保が重要です。永野さんはさらなる労働環境の見直しに着手します。部門によって勤務時間は異なりますが、完全週休2日制を導入。年間休日は全部門111日と決め、残業は月20時間程度に収まるようにしました。
「工場の場合、効率を考えれば24時間365日稼働が一番いいですが、そうすると3交代制を導入しなければならなくなります。でも、夜勤はやっぱり大変なんですよ。責任感が強い人は通しで出勤してしまうと考え、取りやめました」
「百貨店や土産売り場などの卸先は年中無休ですが、土日出勤や遅番勤務があると採用にも苦労します。そこで製造から納品まで平日にまとめることにしました」
ウイッシュボンは19年、横浜市中区の「横浜ハンマーヘッド」に、工房を併設した自社の新ブランド「横浜キャラメルラボ」をオープンしました。毎朝パティシエが銅鍋で火加減を調整しながらじっくり炊き上げる自家製生キャラメルが魅力のひとつ。味わい豊富な「横濱生キャラメル」や店舗限定の「生キャラメルプリン」などを展開しています。
取引先や仕入れ先からは直営店開設の要望が多かったそうですが、実店舗はリスクも大きく、社長就任までは積極的に考えてはいませんでした。
その考えは社長就任の数年後、少しずつ変わっていきました。「菓子工場というイメージから、お客様には完全自動化・機械化のイメージを持たれてしまうことが多いんです。実は手間ひまかけて作っていると伝えられる場所を開きたいと思いました。直営店を持つことで社員にとっても誇れる場所になり、新たな人材採用へのアピールになると考えました」
そこで、ウイッシュボンを象徴する自家製キャラメルを前面に出した構想を企画会社とともに考えました。既存の売り場でも「横濱レンガ通り」と新しいブランドが並んで置かれることも増え、売り上げの相乗効果につながっています。
採用面でもうれしい効果を生み出しました。「お土産・OEM・直営店の3分野を手がけることで、『お菓子を企画から製造、販売まで総合的に担える企業』と認識されるようになりました。知名度が上がり、応募者増加につながっています」
ウイッシュボンはコロナ禍の20年のみ売り上げが下がったものの、その後は回復し着実な成長を続けています。26年には年商30億円、社員80人、パート200人採用を目標に掲げています。「これはあくまで目標値に過ぎません。私たちが目指すのは安定的な時間と待遇で長く働けるお菓子企業。しっかりと中身を伴うよう、一歩ずつ歩みを進めている途中です」
最終更新日:8/11(木)13:00 ツギノジダイ