「新しい資本主義」「成長と分配の好循環」。岸田文雄首相が昨年10月の就任直後の所信表明演説で掲げた看板政策だが、「分かりにくい」との指摘も絶えない。そんな中、分配の内容として具体的だったのは「分配戦略第三の柱は、看護、介護、保育などの現場で働いている方々の収入を増やしていくことです。新型コロナ、そして、少子高齢化への対応の最前線にいる皆さんの収入を増やしていきます」という宣言だ。実際に保育士や看護師らの賃金は引き上げられたものの、「効果を実感できない」などと、嘆きや注文の声も上がっている。それぞれの声に耳を傾けた。
認可保育所の保育士の賃金水準は、国が「保育園の運営に必要」と定めた「公定価格」が指標になる。ただ、その公定価格を算出するベースとなる国の「配置基準」への疑問の声は多い。基準では、例えば3歳児なら1人の保育士が子ども20人までをみることになっているが、同園はクラスの人数を12人以下に抑え、配置基準を上回る保育士数を確保している。しかし保育士を増やした分の人件費について、国から追加支給されるわけではなく、園の負担になる。
看護師の待遇改善とは言うものの、今回の対象は、地域でコロナ対応などを担い、救急搬送を一定以上受け入れる医療機関の看護師に限られた。人数分の補助金が病院に入り、配分方法は一任された。看護助手らも対象に加えることはできるが、範囲を広げれば1人あたりの金額が減る。立川相互病院では院内で検討して「コロナ患者の対応に尽力した」などとして看護師に配ると決めた。また、同じ法人グループ内でも診療所は対象から外れ、全看護師に行き渡ったとも言えない。中村美佐子看護部長(58)は「一方は出るのに、もう一方は出ない。分配政策の中でも格差が起きている」と嘆いた。
岸田首相は看護師らエッセンシャルワーカーの待遇改善を分配の先駆けとして、広く企業に賃上げを求めてきた。ただ、7日に閣議決定された経済財政運営の指針「骨太の方針」では投資や成長が重視され、分配は後退したとも指摘される。看護師長は「物価が上がりすぎて、効果を実感できない」と苦笑いする。「本当に働く人に広く行き渡るんでしょうか」。分配という掛け声自体が立ち消えになってしまわないか、不安に感じている。【最上和喜、椋田佳代】
最終更新日:6/17(金)19:37 毎日新聞