コロナ禍を経て、早期退職を募る企業は増加しており、最近では企業のトップが「45歳定年制」を提言し話題となりました。コロナを機にリモートワークを導入する企業も増え、働き方は大きく変化しています。長年、労働問題にたずさわる指宿昭一弁護士は雇用情勢が変化する中で解雇や退職勧奨、パワハラやセクハラなど、さまざまな相談を受けていると言います。名古屋入管の施設で死亡したスリランカ人のウィシュマさん遺族の代理人を務め、アメリカ国務省から「人身売買と戦うヒーロー」にも選出された指宿さんに、いま増えている相談や労働問題について聞きました。(聞き手:荻上チキ/TBSラジオ/Yahoo!ニュース Voice)
――そもそも企業との交渉はどのように進めるのでしょうか。
指宿昭一: 例えば、退職勧奨を受けたとき、「これにサインしないと特別退職金も出さない」と言われると、みんな焦ってサインをしてしまうんです。しかし、そこでサインをせず、自分の意志をちゃんと示して不利な状況にならないように交渉すべきです。労使は対等ですから、労働者は使用者の言われるがままではなく、自分の権利を守るために言うべきことは言うという姿勢が一番大事だと思います。交渉学にはセオリーがあり、がむしゃらに交渉しても失敗するので、勉強をしてスキルを身につけておくと役立ちます。
――交渉学ではどのようなことが学べるのでしょうか?
指宿昭一: 交渉学にはBATNA(バトナ、Best Alternative to a Negotiated Agreementの略)という概念があります。「最善の代替案」という意味です。例えば、退職勧奨を受けても条件に納得できない場合は「働き続ける」といった、自分の要求が叶わなかったときの戦いに使える武器のことですね。もし解雇されたら、裁判で戦ったり、メディアにも注目してもらうなどいろんな選択肢を持つことも大事。そういった切り札がないとやっぱり戦えないので、BATNAは交渉学のすごく大事な理論なんです。
交渉の際は「ここまで取れなかったら引かない」という一定の線を設けることも必要で、もし「引け」と言われたらBATNAを出していくことが交渉学の考え方です。いざというときは戦うという構えが大事だと思っています。
――違法な労働を強制されている人の大半は、それが異常なことだと気づかない人が多いと言われています。
指宿昭一: 本当にそうなんですよ。まず気づかないし、気づいても弁護士に相談に行くというのはハードルが高いと感じる人がほとんどです。過去には「息子が過労で死にそうだから説得してくれ」と、お母様から相談されたこともありました。ただ、本人は自分が過労死しそうなほど働いていることに気づいていないんです。
他にも、ご主人が過重労働で自殺を図ったということで、お連れ合いから相談をいただいたこともありました。職場に泊まり込みで365日ほとんど帰らず、毎日机に伏せて3時間寝るみたいな生活をしていたそうです。結果的にその方は助かりましたが、病院で目が覚めたとき最初に言った言葉が「社長に申し訳ない」だったんですね。お連れ合いはすごく怒っていましたが、1週間くらい経つとご本人も自分がおかれた労働状況の酷さに怒りを覚えるようになって、最終的には裁判をすることになりました。
「この働き方は異常だ」ということが社会に認知されなければ、相談にも改善にも繋がりません。認知されるためには、個別の労働組合を作るなどして働く側が問題を意識しなければならないし、我々弁護士もメディアでの発信などを通じて、“労働環境の違法なライン”をしっかり伝えていくことが必要だと思っています。
参考:
早期・希望退職、1000人以上の募集が5社 実施規模の“二極化“進む 2021年1-10月上場企業「早期・希望退職」実施状況(東京商工リサーチ)
https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20211112_02.html
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指宿昭一
暁法律事務所所長。筑波大学比較文化学類卒。44歳で司法試験に合格。2007年弁護士登録。労働事件(労働側)・外国人事件(入管事件)に専門化した弁護士業務を行う。外国人研修生の労働者性を初めて認めた三和サービス事件地裁・高裁判決、精神疾患に罹患した労働者の解雇を無効とした日本ヒューレット・パッカード事件最高裁判決、実質的な「残業代ゼロ」の賃金制度の違法性を確認した国際自動車事件最高裁判決などを勝ち取っている。
文:清永優花子
(この動画記事は、TBSラジオ「荻上チキ・Session」とYahoo! JAPANが共同で制作しました)
最終更新日:12/8(水)17:06 Yahoo!ニュース オリジナル Voice