松屋一人負け? なぜ1年で赤字

11月4日、牛丼チェーン「松屋」などを展開する株式会社松屋フーズホールディングスは2021年3月期の連結業績予想が26億円の赤字になると発表した。14年ぶりの赤字で、その額も過去最大となったため、市場に大きな衝撃を与えた。



 それでは同じ牛丼チェーンの「吉野家」と「すき家」の売上も悪いかというと、必ずしもそうではない。松屋フーズホールディングスは通期で赤字が確定しているが、すき家などを展開する株式会社ゼンショーホールディングスは黒字の見込みだ。

 また10月の全店売上高を見ると松屋は98.3%となっている一方で、同じく連結決算予測が90億円の赤字となる見込みの吉野家は102.7%までに回復。すき家も前年同月比106.5%なので、松屋が「一人負け」の様相を呈しつつある。

 しかし、松屋フーズホールディングスの2020年3月期の連結決算は大変好調な数字が並んでいた。営業利益は前期比で31%も増えて50億円となり16年ぶりの高水準になっただけでなく、売上高も1065億円を記録して過去最高をたただき出した。それがわずか1年足らずで大幅な赤字に転落したのだから、事態の深刻さが分かるだろう。

 松屋の赤字の背景には、大きな時代の変化がある。松屋を中心に牛丼チェーン各社を分析しながら、その変化の全貌を解き明かす。

 そもそも牛丼は、価格訴求性が強い業態だ。しかも松屋、吉野家、すき家と競合も多い。各社が限られたパイを巡って凌ぎを削っているため、10円値上げするだけでも他ブランドに客を奪われてしまう。

 実際、2013年に米国産牛肉の輸入規制が緩和された際、牛肉価格の下落を見込んで、各社で壮絶な価格競争が繰り広げられた。吉野家が牛丼の並を280円で売り出したら、松屋とすき家は250円で販売をして対抗。しかし、円安の影響を受けて、予想以上に牛肉の価格が下がらず、大きな効果をもたらすことなく終わった。

つまり、牛丼は安く食べられることが当たり前のため、薄利多売にならざるを得ない。そのため利益率が低くなり、必然的に食材(Food)と人材(Labor)のコスト、いわゆる「FL比率」が高くなってしまう。業態によって差があるが、FL比率は50から60%が適正だと言われている。

 しかし、「松屋」の場合、令和3年3月期 第2四半期決算で70.8%と発表があった通り、その比率の高さが目立つ。他の二社についてはFL比率を公表していないが、吉野家ホールディングスは経費率を発表しており、上期が69.3%だった。そこから考えると、FL比率は松屋と同様の数字であると推測できる。
 
薄利多売であるが故に、ビジネスを成功させるために回転数を上げることが欠かせない。その実現のため、オペレーションを簡略化し、スピーディーにメニューを提供するのはもちろん、良い立地の確保が重要だ。

 そこで牛丼チェーン各社は駅前やビジネス街、繁華街といった一等地に店を構え、少しでも多くの集客を目指している。特に松屋と吉野家は駅前や繁華街といった一等地に出店する傾向が強い。その結果、FLだけでなく、家賃(Rent)も高くなり、損益分岐点が高いビジネスモデルになってしまった。

 そこに新型コロナウイルスが襲う。感染拡大の影響で外出の自粛が要請され、ビジネス街や繁華街から人の姿が消えた。特にビジネス街はテレワークの浸透で出社する社員が少なくなり、牛丼チェーンは肝心の回転数が稼げなくなった。

 しかし、各社が置かれた状況を詳しく見ていくと、各社で明暗がはっきりと分かれていることに気づく。

 吉野家は「2019年度売上対比90%で利益創出可能な体制づくり」というテーマを掲げて、いち早く構造改革を進めている。「収益性の回復(固定費削減・不採算事業の整理)」と「新しい生活様式に適応しトップラインを回復」、そして「収益性の回復により成長投資に向けた環境整備」の3本柱で次世代の成長ビジョンを描く。

特に注目なのが「新しい生活様式に適応しトップラインを回復」だ。コロナ禍で一般的になったデリバリーやテイクアウトに対応すると共に、外板を拡充したり、テイクアウト注文タブレットやモバイルオーダー決済機能を充実させた非接触型の店舗を構築したりと着実に成果を挙げている。

 例えば、デリバリー対応の店舗は2月の前期末には461店舗だったが、6月末には645店舗に増えていて、売上高は265%も伸びた。また、テイクアウトも対応店舗数を増やし、メニューを充実させた成果などもあり、3月比で170%の売上を記録。そして、外販売上高は2018年対比で157%と右肩上がりに成長を続け、新しい時代に対応しながらイートイン以外の収益の柱を構築しつつある。

 ゼンショーホールディングスは大手三社の中で唯一黒字を達成する見込みだ。要因は売上の回復の早さに他ならない。すき家は7月に全店舗売上を前年比103.8%に回復させると好調な数字を叩き出し続け、10月には同106.5%を記録するなど、その強さが際立つ。

 そもそもすき家は家族連れをターゲットにしており、ロードサイドの出店に強い。それが時代の変化にマッチした。コロナ禍でも車なら3密を避けて移動できるとあって、郊外の店舗の売上は好調だった。

 また、複数業態を展開するという強みも持つ。「ココス」や「ビッグボーイジャパン」「華屋与兵衛」「ジョリーパスタ」「はま寿司」とジャンルの異なる多様な業態を傘下に収めているため、一つの業態の売上が不振に陥っても別の業態でカバーできる。物流や仕入れを効率化して、コストダウンできることもコロナ禍でメリットが大きかった。

 こうした状況に松屋も手をこまねているわけではない。飲食店の売上は一般的に、客数×客単価×回転率で導き出される。牛丼チェーンの場合なら、牛丼の値上げができないので付加価値のある高単価メニューの開発が重要だ。また、回転率を上げるには事前注文や事前決算などに対応する必要があり、新しいテクノロジーの活用も欠かせない。それらによって客数を増やして、売上を上げていく戦略が妥当だろう。

松屋の場合、「豚キムチ丼」や「山形だしの三色丼」「うな丼」などのメニュー投入を行ったが、売上を見る限り効果は限定的だ。一方で、吉野家が10月5日から販売した「黒毛和牛すき鍋膳」は大変好調だった。牛丼の並が352円のところ、黒毛和牛すき鍋は998円だったので客単価を押し上げたのは間違いない。

 回転率に関しては、松屋は公式アプリ「松屋モバイルオーダー」を10月20日に本格始動させた。同アプリを使えば券売機を使わずにスマートフォンで、キャッシュレス決済で注文でき、新しい生活様式に合わせた店舗の利用が可能となる。

 しかし、ゼンショーは、株式会社グローバルITサービスというシステム会社を完全子会社しており、他社パッケージも活用しながら自社でシステムの開発を行う。そのため開発のスピードが早い。すき家が好調なのは、そうした対応がシステム面からできていた点も大きい。

 ビジネス街にはしばらく人が戻ってこない。このままテレワークが浸透したら働き方の多様化がさらに進み、コロナ禍後も出社しないことが当たり前になる可能性もあるだろう。一等地に店を構えて集客を上げ、売上の最大化を目指す。そうしたビジネスモデルが通用しなくなるということだ。

 かつて「ワタミ」「笑笑」「甘太郎」といった総合居酒屋が一等地の大箱の店を構えて、万人受けする幅広いメニューをそろえて時代を席巻した。しかし、リーマンショックや東日本大震災を経てビジネスモデルが崩壊し、代わりに「串カツ田中」や「鳥貴族」といった専門業態が誕生した歴史がある。

 コロナ禍で人々のプチ贅沢ニーズが高まっている。一方で、コロナ禍で外食機会が減った。それに合わせて、たまの外食にはわざわざ行きたい店、どうしても食べたい料理がある店を利用する人が増えている。

 その中で、松屋には牛丼を中心に、カレーやハンバーグ、海鮮丼、うどんと幅広いメニューが並ぶ。ウォークイン客を回転させて稼ぐ時代でなくなると、いろいろなメニューがあることが逆に弱みとなる可能性が高い。目玉メニューが何か分かりづらいのだ。

だからこそ、ステーキ専門店「ステーキ屋松」とのシナジー効果が希望となる。実は新メニューの中でも「選べる極旨ソースの牛ステーキ丼」だけは売上が好調だ。

 もともと同メニューは「ステーキ屋松」で大きな人気を集めており、松屋でも68店舗限定で9月1日からテスト販売を行った。すると売り切れが続出し、今回、全国販売が決定したという経緯を持つ。

 現在、ステーキのプレイヤーはトップの「いきなりステーキ」が不振に陥っており、付け込める要素が大きい。その分、新規客を取り込めるということだ。今後、松屋フーズホールディングスとしてスケールメリットを発揮すれば仕入れのコストダウンが実現し、さらなる高収益メニューも開発できるだろう。

 合わせて、メニューの専門性を高めれば、ビジネス街以外でも勝てるかもしれない。赤字転落に沈んだ松屋の活路は、このような要素にあると考えられる。

最終更新日:11/25(水)19:11 現代ビジネス

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6377519

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