定職ない長男を社長に 父の願い

個人でアパート経営をしてきた高齢男性が事業を法人化しました。10年間家にひきこもる50歳の長男に事業を引き継ぎたいという思いからです。80代の親が50代の子どもと同居して経済的支援する状態をなぞらえる「8050問題」が深刻化しています。税理士の広田龍介さんの解説です。【毎日新聞経済プレミア】

 ◇精神ストレス「自信喪失の10年」

 Kさん(76)は、親から引き継いだアパート2棟と、自分の相続対策として購入したマンション1室を所有し、個人で不動産賃貸事業を行ってきた。その事業を法人化することにし、新たに不動産の管理会社を設立した。長男(50)に事業を引き継いでもらうつもりだ。

 実は、長男には定職がない。大学卒業後、一流会社に就職して何の問題もなく過ごしていたが、厳しい職場環境の中で精神的なストレスを抱え、仕事を辞めた。部屋にひきこもりがちになって、既に10年が過ぎた。再就職には何度か試みたものの失敗続きで、すっかり自信を失っているようだ。

 自宅では、Kさん夫妻と長男の3人で暮らしている。幸い、賃貸アパート2棟からの家賃収入があり、今のところ家族の生活に困ることはない。だが、将来、Kさん夫妻が亡くなった後、長男の生活がどうなるのかが心配の種だ。

 Kさん夫妻には3人の子どもがおり、長男の下には弟と妹がいる。2人とも独立し、それぞれの家庭生活を築いている。とても、実家にいる兄の面倒まで見ることはできないだろう。せめて、Kさん夫妻がまだ元気なうちに、長男には社会復帰の道筋をつけてもらいたい。

 そのための不動産事業法人化というわけだ。もちろん、長男に任せる会社であり、法人設立から、できるだけ長男に関わってもらうようにした。

 法人化の第一歩は会社設立だ。社名、株主、役員、資本金の金額など決めなければならない項目はいくつもあった。司法書士との打ち合わせには、長男にも積極的に加わってもらうようにし、3週間程度で設立登記にこぎ着けた。こうして、長男が代表取締役社長に就任した。

 ◇法人化への「二人三脚」

 次に、会社の賃貸事業の中心となる家賃収入について、細部を詰めていった。Kさん所有の賃貸アパートの土地・建物のうち、建物だけを法人に移転し、建物から生じる賃貸収入を法人の収入に切り替える。その段取りだ。

 まず、会社がKさんの建物2棟を買い取る売買契約書を締結した。建物の名義を法人名義に移転する法的手続きについて長男に説明し、書類への署名・押印を求めた。売買代金については、Kさんと会社の間で金銭消費貸借契約書を締結することにし、その契約についても、長男に説明しながら、手続きを進めた。

 これに続いたのが、個人の土地を法人が借りる賃貸借契約の締結だ。その際に生じる税務問題について長男に説明した。

 土地の賃貸借では、親族間であっても、地代のやりとりがなかったり通常よりも低額であったりする時は、払うべき地代のやりとりがあったとみなされ、それに課税される。

 通常は固定資産税の2~3倍の地代を支払うため、それに即した賃貸借契約書を作成・締結し、土地所有者のKさんと会社社長の長男との間で調印した。

 また、土地を借りる場合には通常、権利金の支払いが生じる。支払いがないと、借地権を無償贈与したことになり、権利金があったものとみなされ、課税されてしまう。

 ただし、土地の借り主が貸し主に将来、土地を無償で返還するという「無償返還の届出書」を連名で提出しておけば課税が生じないという制度がある。この届け出書を作り、Kさんと長男で署名・押印した。

 最後に、借家人との契約書について、Kさん個人から法人契約に変更する手続きだ。これは、管理会社に委託はしているものの、最も重要な手続きであるため、長男には前面に出てもらった。

 ◇以前よりも前向きに

 こうした法人化への実務作業を通じて、Kさんは、日を重ねるごとに長男の状態が良くなっていると感じ取っていた。以前よりも前向きに物事に取り組むようになっていると思えた。

 Kさんは、やがて長男が自信を取り戻し、会社経営に責任感と自覚を持ってくれるようになることを、切に願っている。

 Kさん自身は高齢のため、そのうち賃貸事業が思うようにできなくなる日がやって来るだろう。その時、長男がしっかり引き継いでくれれば、それに越したことはない。長男の健康的な回復と社会復帰こそが、Kさん夫婦にとって最大の願いなのだから。

最終更新日:11/28(日)11:44 毎日新聞

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6410919

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