本格的なウインナーソーセージとして1985年に発売されて以来、ミート売り場の常連であり続けている日本ハムの「シャウエッセン」。噛(か)めばパリッと音が出て肉汁があふれ出る本格タイプの登場はソーセージのイメージを書き換えた。だが、ロングセラーゆえに変えられないジレンマも抱えてきたという。ゆでる食べ方を日本に持ち込んで成功しただけに、いつしか社内には「焼くな、切るな」のタブーが根付いていった。
今年で発売から37年目を迎えたシャウエッセンは、日本ハムにとって今も主力商品だ。新型コロナウイルス禍で落ち込んだ飲食店向けハム・ソーセージ需要をカバーしたのが、シャウエッセンをメインとする家庭向け商品だ。
「コロナ禍による巣ごもり需要もあったと思いますが、最もインパクトが大きかったのは2019年に踏み切った『電子レンジの解禁』だったと思います」
日本ハムでシャウエッセンに携わる小村勝・加工事業本部マーケティング推進部長は語る。シャウエッセンは発売当時から「ボイル(ゆでる)調理」を推奨してきた商品だ。発売以前に日本で売られていたソーセージの調理法は、フライパンで熱するなど「焼く」ことがほとんどだった。
1985年の発売後から、テレビCMで「美味なるものには音がある!」というキャッチコピーで天然羊腸を使った皮(ケーシング)に閉じ込めた豚肉100%のうま味こそが、おいしさの理由であるとして、皮を破らずに調理できる「ボイル調理」にこだわり抜いてきた。
スーパーなどの店頭で、ゆでたシャウエッセンを試食してもらい、大ヒットしたことも社内では「成功体験」として社員の心理に根を張っていた。やがて「シャウエッセン=ゆでる」は成功の方程式として特別な説得力を持つようになっていく。
小村氏は「いつしか『黄金の3分間ボイル』と『こだわり抜いた1つの味を守る』ことが社内では掟(おきて)となり、その味を守るために『焼くべからず』『切るべからず』というタブーもできてしまいました」と話す。
日本国内では1960年代から調理後に「チン」と音が鳴る電子レンジが普及し始めた。90年代に入り、普及率が90%を超えてからも、日本ハムはシャウエッセンを電子レンジで加熱することに消極的だった。「温めすぎると破裂するおそれがある」「肉汁が飛び出て、せっかくのうまみを損ねる」などの理由から、「レンチン」は推奨されてこなかった。
しかし、2010年代にはシャウエッセンの購買層に変化が起きていたという。17年時点では「過去1年間にウインナーを1度も購入していない」という人が過半数にのぼった。年齢層別にみると、購入者の約60%が50~60代で、30~40代を含めると、9割を超えていた。一方、10~20代は10%にも届かないほど減少。若年層の「ウインナー離れ」が起きていたのだ。
過去にも若者層の取り込みに向けて、テコ入れ策を講じたことはあった。発売から10年目だった94年、右肩上がりを続けてきたシャウエッセンの売上高が初めて前年割れとなった。この時は人気歌手の久保田利伸氏を起用したテレビCMを放映したことで、若者向けのイメージを保つことができたという。
発売25周年の2010年に合わせて、CMでミュージカル編を放映。これも同年に前年比で落ち込んだ売り上げを成長に反転させる効果があった。
だが、発売から35年を経て、食を取り巻く国内の市場環境は様変わりしていた。「ウインナーを買わない人は、買う人に比べて総菜類の購入比率が高いというデータもありました」(小村氏)。
コンビニエンスストアだけでなく、スーパーでも「駅ナカ」でも、おいしくて温かい総菜を購入することが簡単になった。しかも、「ウインナーは料理の素材として使う人が増え、『簡単に温めて食べられる』ことの価値が薄まってきていたのかもしれません」と、小村氏は続ける。
「シャウエッセンは、手のひらを返します」――。日本ハムは19年2月、そんなコピーを公式ホームページに載せ、電子レンジでの加熱を解禁した。35年間にわたって固持してきた「レンジ加熱ではパリッとしない」という公式見解を覆したのだ。
堂々と手のひらを返したのには理由がある。小村氏は「最近の電子レンジは加熱時のワット数や加熱時間を秒単位で設定できるようになりました。推奨した通りに温めていただければ大丈夫ということで解禁したのです」と背景を解説する。
電子レンジでの調理は、皿に移しラップをかけた状態が前提となる。6本の場合なら500Wで60秒、600Wなら40秒が加熱時間の目安だ。パッケージの裏面にある表示も順次、その案内を表示したものに切り替えてきた。
ただ、社内では反対の声が根強かったという。そうした反対派を説得するために、数百回にも及ぶレンジ調理テストを重ねて、パリッという食感が出せて味にも納得できる最適な調理時間を割り出したという。
レンジを使って簡単に温める調理を解禁する一方で、新しい味や、タブーだった「焼く」「切る」ことに踏み込んだ商品の開発も進めた。19年2月には期間限定で新しいテイストとなる「シャウエッセン ホットチリ」や、同年8月にチーズ味が特徴の「同 チェダー&カマンベール」を投入した。
期間限定での取り扱いが終わったことを惜しむ声が多かったので、以後は定番商品に切り替え、現在も販売し続けている。チーズ味は21年3月に「シャウエッセン とろける4種チーズ」にリニューアルした。
タブーだった「焼く」「切る」では、新テイスト投入より1年早い18年に「シャウエッセンピザ」を投入した。「シャウエッセンを切ることに社内で強い抵抗がありましたが、『これはピザ』ということで発売に踏み切りました」と小村氏は笑う。
その後も掟破り、タブー打破の商品が相次いで登場している。ホットドッグ向けやバーベキューなどでの利用を想定した、長さ25センチの「シャウエッセン メガロング」や、シャウエッセンの皮の中にある豚肉を原料にした「あらびきミートローフ」などだ。商品ラインアップを一新して殻を破った結果、20年3月期のシャウエッセン売上金額は過去最高の720億円に達した。
シャウエッセンは現在、国内の8工場で製造している。皮に使う天然の羊腸は、「食感の柔らかいラム腸を国外から調達して使用しています」と、長田昌之・加工事業本部商品統括事業部ハム・ソーセージ商品部長は説明する。
生産面では85年の発売当初から大きな変更はないというが、2002年2月から保存料(ソルビン酸)の添加をやめた点は、流通ルートの改革という点で変化が大きかった。
「まず、工場でこれまで以上に清潔さを保つ必要があるので、従来よりもハイグレードなクリーンルームに変える投資が必要でした。それ以上に大きかったのが、品質を維持するうえで欠かせない流通の意識改革。営業マンが温度計を持って全国各地を飛び回りました」(小村氏)
スーパーに商品を搬入する際に通るバックヤードエリアでは、店によっては陽の当たる場所で外気に触れたまま数時間も放置されることもあった。特に夏場はリスクが大きい。だが、保存料を入れないことによって、消費者の健康志向にこたえる意味は大きかった。鮮度の高い状態でシャウエッセンを購入・消費してもらえるようにと、おいしさの「格上げ」にこだわったという。
はやりすたりの激しい家庭向け食品の世界にあって、シャウエッセンは発売から37年目を迎えても、食卓での居場所を保ち続けている。日本に初めて持ち込んだ「皮」を自ら破ることによって、その賞味期限はさらに延びたようだ。
(ライター 三河主門)
最終更新日:10/9(土)11:15 NIKKEI STYLE