総務省のキャリア官僚を辞して渡米、MBA取得のために留学しながら働く時期などを経て、現在はAmazonのシアトル本社で働く──そんな日本人がいる。
縦割りの日本型組織から、グローバルに成長を続けるGAFAの一角へ。異色の経歴を持つその人は、2つの全く異なる環境をどう見ているのか。米Amazonのフィットネス部門でシニアベンダーマネジャーを務める竹崎孝二さんに話を聞いた。
──Amazonには50回以上にわたって応募したとのことですが、そこまで強く入社を志望されたのは、なぜだったのでしょうか。
竹崎さん: Amazonを含め、米国での就職は「会社に就職をする」のではなくて、「特定のポジションに入っていく」という仕組みです。その人がフィットするかどうかをジャッジをするので、1つのポジションで仮に駄目でも、別のポジションで適性があれば採用されます。
もちろんやみくもに受けることに意味はないでしょうが、6カ月や1年といった一定の期間をおいて、自分がレベルアップしたことを示せれば、フェアに評価をしてくれます。
三洋電機の米国法人で働いていたときの取引先が、Amazonやコスコ、ウォルマートなどのアメリカの小売店でした。小売店は世の中にたくさんありますが、Amazonだけ全く異質、全く違う存在だなと当時から感じていました。
メーカーと小売りの関係には「モノを作るのがメーカー、売るのは小売り」という伝統的な役割があります。メーカーは良いモノを売るまでが仕事で、その先の「どうやってお客さんに届けていくか」は小売りが考えることだよね、と役割分担されている。
しかし、Amazonのアプローチは全く逆です。「モノを売ればメーカーの役割が終わる」のではなく、Amazonがモノを買ったその後も、お客さんに対して商品の説明や販売プロモーション、宣伝広告をどのようにしていくのか、どのぐらい在庫をそろえて届けていくのかなど、メーカーと小売りが一緒になって進めます。あるいはメーカーに権限を委譲して、メーカーが自分たちでお客さんのことを考えてリードしていけるようにしています。
そのアプローチがすごく新鮮で、これから世界に広まってくる最先端のやり方だと思い、自分で実践したくなったのがきっかけです。
あとはもう1つ、Amazonの本社で働いてる日本人は数が少ないことに、寂しさや悔しさがありました。米国で経験を積む中で実感しましたが、日本の人たちには勤勉性や責任感など、いいところがたくさんあります。自分がしっかり活躍して、他の日本の方にも「自分たちはできるんだ」と思ってもらえる1つのきっかけになれたらうれしいなと考え、米国の本社で働くことを目指しました。
5年ほどかけて50回以上応募しましたが、しんどいと感じたことはありませんでした。不採用という結果が来ても、取り戻せない失敗だとは考えていなかったからです。ポジションを変えたり、自分をレベルアップさせたりできればチャンスはある。
この経験を話すと「心が強いんだね」「自分には真似できない」と言われることが多いのですが、日本のビジネスパーソンの方は失敗を怖がったり、失敗でないものを失敗と捉えたりしているなと感じます。やり直せるチャンスがあるのなら、失敗でも気にする必要はありません。そこはぜひ、日本の方にお伝えしたいですね。
──一度は日本法人(アマゾン・ジャパン)に入社して、そこから国際的な異動制度を利用し米国法人に移られたのには、そうした理由があったのですね。
竹崎さん: はい。いずれは米国本社に移りたいというのはアマゾン・ジャパンの入社の時から伝えていました。
アマゾン・ジャパンでは1年3カ月働いて、インターナル・トランスファーというグローバルな異動制度を活用しました。グローバルなAmazonのどこのオフィスにでも、選考プロセスを得て、面接に通れば移れるいう仕組みです。
──Amazonの日本法人と米国法人をどちらも経験なさって、違いはありましたか?
竹崎さん: Amazonにはリーダーシップ・プリンシプルという、一人ひとりの従業員が全世界共通で持つべきとされる行動の指針があります。このような価値観やシステムはグローバルに共通なので、土台は全くぶれていないと思います。そのうえで、日米の細かな文化の差は面白い部分があるのかなと思いますね。
日本の方は、例えばExcelでマクロを組んで誰でもボタン1つでできるようにするような、業務の効率化が得意です。米国では、今あるものを効率化するというよりも、「そもそも物事をよくするには、どうすれば良いのか?」とその一歩前に立ち返って、作り直します。また、米国の方々は小さい頃から自分が主役でやっていくことに慣れていて、発言やプレゼンテーションが得意ですね。国民性というのか、日米の文化の違いだなと感じます。
日本や米国、アフリカ、東南アジアなどいろんな国がありますが、自分の良さが出せる文化の中で働くことが大切だなと思っています。
日本のように、努力して夜遅くまで頑張ることが評価される国もあれば、逆にそれはあまり良いやり方ではないと言われる国もある。結果に対して評価されたい人と、結果に至るまでのプロセスを評価してほしい人ではマッチする国が違うかもしれません。一人ひとりが、自分の良さを一番実現できる環境はどこなのか、考えることが大事だと思います。
──竹崎さんにとっては、自分自身が一番評価される国は米国だったということですね
竹崎さん: そうですね。僕自身はもともと考え方が合理的というのか、結果から逆算して物事を考えるようなところがあるので、米国の働き方が肌に合うと思っています。
──逆に言えば、総務省にお勤めだった頃は、ご自身の良さはなかなか評価されづらかったということでしょうか?
竹崎さん: 以前の職場に対して、ネガティブなことを言いたい訳では決してないのですが……(言葉を選ぶ)……責任が重く、拘束時間は長く、残業もどうしても発生してしまう仕事だったので、負荷はやはりありました。大きな組織として動いているので、意思決定をするときに利害関係者の数が多く、50人以上の決裁を経ないと終わらないような複雑な状況もありましたね。自分自身がそこで力を発揮しきれたかというと、なかなか難しいところもあったのかなと。
総務省には、人格者というのか、人間的な魅力がある方ばかりだったなと感じますね。都道府県庁や市町村庁、霞が関の他の役所、企業、NPOなど本当にいろんな方々と接する仕事なので、人間的に尊敬できる方が多かったと思います。
それから、多くの方が「多少の困難や過酷な環境があったとしても、社会のためにやるんだ」という使命感や責任感を持っていました。
以前の同僚も、私のことをすごく応援してくれています。お互いに自分の力を発揮できる環境で仕事ができているので、良かったなと思えているのかもしれません。
──現在は米国本社で、現在どのような業務を担当されているのでしょうか?
竹崎さん: 本社のフィットネス部門シニアベンダーマネジャーとして、アメリカの消費者の方々に世界中のあらゆるフィットネス関連商品を、どうしたら早くお求めやすい価格で届けられるかを考えて、メーカーさんと一緒に実現していくという仕事をしています。
──今のお仕事の中で、やりがいを感じられている部分はありますか?
竹崎さん: 商品を早く、お求めやすい価格で届けるというのは大事なことですが、そこにとどまらず、自分たちで手を挙げてやりたいことを広げていける環境があります。
私の仕事でいえば、メーカーさんから商品を集めてきて販売するというだけではなくて、メーカーさんと一緒に新たな商品を作っていくことができ、すごく面白いと思っています。
例えば、アマゾン・ジャパンに在籍していた時には、ヨガマットやダンベルを発売しました。既存のものと同じような性能でより安い商品や、処分の際に環境に悪影響を与える物質が出ないエコフレンドリーな商品を開発していました。
米国本社に移ってからも、日本の取引先の方々から「どうやったらアメリカで自分たちの商品を広げていけるのか」とご相談いただくこともあります。世界中のメーカーとお付き合いしているので、日本のメーカーだからといって特別扱いはしませんが、日本の商品をグローバルに広げていくお手伝いができています。
自分の仕事と日本の会社が持っているすごく有望な技術や商品がどうやったら一番うまくマッチするのかなということを日々考えるチャンスがありますね。今後、仮に私が独立して何かをやっていこうという時にも、大きな財産になってくるんじゃないかなと思っています。
──グローバル企業の米国本社というと、さまざまな方と一緒に働いていらっしゃるのですよね。
竹崎さん: そうですね。Amazonに入って驚いたことが、メンバーの多様性が本当に広く、だからこそDEI(Diversity,Equity,Inclusion)を積極的に推進していることです。
Amazonのユニークなところとして、社内文書には基本的にPowerPointを使いません。視覚的な情報でのメッセージを伝え、口頭の発言で補うものなので、参加できなかった人が後から見ても正確には理解しづらいというのが理由の1つです。
また、多様なメンバーが集まっているため、説明が少ないPowerPoint資料では一人ひとりが違う理解をしてしまう可能性があります。こうしたミスコミュニケーションを起こさず、100人が読んでも同じ理解ができるようにということで、文章の資料を用意しています。
打ち合わせでは、冒頭5分か10分くらい、その資料を読み込む時間を取ります。ちなみに資料には、読む側の先入観を排除するため、作成者の名前は入れません。「偉い人が言うことならば賛成」というわけではないですし、「マイノリティーの人が言うことだから後回し」にすることも当然あってはいけません。誰が言ったかではなく内容そのものに集中して、フェアに議論をするためのルールです。
──総務省をはじめとして、これまでさまざまな組織を渡り歩いて来られた中で、Amazonの組織としての特徴はどのような部分にあるとお考えですか?
竹崎さん: 大きく3つありますね。
1つ目は、オーナーシップという考え方でリーダーシップ・プリンシプルの1つです。日本語で言うと、当事者意識や主体性ですね。今までいろんな組織で働いてきた中でも、このオーナーシップが圧倒的に強いのがAmazonだと思っています。3カ月のインターン中の学生さんや新入社員の方も含めて、Amazonでは一人ひとりがリーダーで、主役です。
何か解決しないといけない課題があったときに「これは僕の仕事じゃありません」ということはないし、あるいは会議で新入社員だから発言しないなんてことは全くなくて、どんな立場の方でも、積極的に発言することが求められます。オーナーシップの概念が浸透している組織だなと思います。
2つ目は、こちらもリーダーシップ・プリンシプルの1つですが、インベント&シンプリファイです。イノベーションみたいに何か新しいものを生み出して、それをなるべく簡単にして広げていきましょうという考え方です。
日本の組織だと、個人がどれだけ頑張ったか、夜遅くまで働いたかが評価される環境が残っているところも多いと思うのですが、個人の努力や才能に依存して結果を出すような、周りが再現できないやり方は続きません。それよりも、誰がやっても結果が出せるような仕組みを作っていこう、というものです。これは、ヒューマンエラー対策にもなります。
例えば、僕のいる小売部門で年に1回の大きなセール(プライムデー)のときに、値段を手動で入力するとどうしてもミスが生じて、損失につながってしまうでしょう。しかし、そこで個人を非難することは、まずありません。そこにエネルギーを向けるのではなく、トラブルを個人の問題ではなくチームの問題として捉え、やり方自体を変えていく。手入力をやめて自動計算にするとか、ダブルチェックの目を入れるとか。そうして仕組みを作れば、アクシデントが起きる確率は減らせます。
何か問題が起きたときに、後ろ向きに嘆くことはあまりなくって、どうやったら次の失敗が起きないかにエネルギーを向けていく姿勢があります。
3つ目は、世界に何十万人の従業員を抱える大きな組織なのに、意思決定や成長のスピードが遅くなっていないことです。組織が大きくなるとそうしたスピード感はなくなっていくものですが、毎年2桁以上の成長率を達成していますし、社内にもスタートアップのように「新しいことをどんどんやっていこう」という雰囲気が残っているんですよね。
どうしてだろうと考えると、ジェフ・ベゾスが創業して以来、Amazonは「Day One」という「毎日が始まりの日だということを、皆が意識してやっていこう」という価値観を持っています。惰性で物事をやっていくのではなくて、1日1日、新しいことにチャレンジをして、昨日よりも一歩でいいから先に進めていくという文化が浸透しているからだと思います。
──多くの企業が理念やビジョンを掲げていますが、それを社員の価値観レベルにまで落とし込めている企業はまれです。Amazonではなぜ、リーダーシップ・プリンシプルが浸透しているのだと思いますか?
竹崎さん: 一言で言うと、実践しているからというのに尽きると思います。日々の議論の中で、リーダーシップ・プリンシプルに言及する場面は珍しくありません。「私はあなたの意見に賛成していません。僕たちにとっては利益が得られるアイデアかもしれませんが、リーダーシップ・プリンシプルの1つ、『カスタマーオブセッション(お客様を中心に考える)』の観点から、お客様のためになることではないと考えるからです」というように、実際に言葉に出しながら議論をしています。
年に1回、従業員同士でお互いにフィードバックを向けあう場があるのですが、そこでもリーダーシップ・プリンシプルに照らして「あなたはこの項目を行動に移せたときに、もっとよくなると思います」というふうに伝えあいますね。
そもそもの入社時に、リーダーシップ・プリンシプルにマッチする人、素質がある人を採っているというのも大きいと思います。
──今後のご自身のキャリアに関して、どのようなビジョンをお持ちでしょうか?
竹崎さん: 日本の良いものを世界に広げていくこと、また1人の日本人としてグローバルにチャレンジしていくことができていて、今の仕事にはすごく満足しています。お客様にとってより付加価値がある商品を、どうしたら企画・開発していけるのかをより突き詰めて考え、メーカーさんと一緒に実現をしていきたいと思っています。
(文:小林可奈)
最終更新日:9/16(木)20:19 ITmedia ビジネスオンライン