新潟県湯沢町で8月20~22日に開催された野外音楽イベント「フジロック・フェスティバル」。感染状況が深刻さを極める中での開催には、批判的な意見も多く見られた。だがフジロックに限らず、コロナ禍においてフェス開催に踏み切ることには、当事者としても葛藤があるようだ。フェス主催者や参加者に「それでもフェスを必要とする理由」を聞いた。
「フェスがなければ仕事ができなくなってしまう人も多い。復活する日まで、ウーバーイーツの宅配の仕事などで持ちこたえようとするスタッフもいますが、長期に及ぶことで音楽業界での仕事に見切りをつけて、あきらめていく人は相当な数だと聞いています。このまま人材が確保できなくなっていけば、音楽業界をはじめとするエンタテインメントが培ってきた技術力が、元に戻ってしまうのではと危惧しています」
2年ぶりの開催となった今回のフジロックでは、来場者数の制限や自粛の影響で、3日間の来場者数はおよそ3万5千人。前回(2019年)の4分の1ほどに減った。参加者には事前に抗原検査キットを送付し、無料での入場前検査を任意で呼び掛けていたほか、「全面禁酒」「歓声禁止」などの制約のもと、様々な感染対策が講じられた中での開催だった。
鹿野氏は、自身も今年5月に音楽フェス「ビバラロック」を主催したが、「フェスは準備の段階から緊張感を伴うものだった」と話す。
「下手な感染対策をして開催すれば、主催者側も打撃を受けることになる。単なる利益を目的として、適当なルールを作っているフェスは本当に一つもないはずです。ビバラロックも開催後、2週間経って感染状況の結果がわかるまでは緊張が続きました」
こうした主催者側の思いは、来場者たちに届いているのだろうか。
東京都在住の会社員男性(49)は、フジロックの第1回(1997年)から毎年欠かさず参加してきた、筋金入りの“フジロッカー”だ。今大会の参加にあたっては、事前、現地、帰宅後の3回抗原検査をした上で、自主的にPCR検査も受けた。
「主催者たちは、開催に向けていろんな努力をしてきた。彼らがやると決めたからには『参加する』ことで支えたいし、コロナ対策も万全にしたい。対策をおろそかにしてフェスをつぶしたくないからね」
“皆勤賞”のこの男性からみても、今年の会場の様子は異例だった。驚くほど人が少なく、フジロックの風物詩だった飲食スペースやトイレでの行列も「今年は全然並ばなかった」。ステージ前も客同士が押し合うことなく、間隔が保たれていたという。
「仲間としかしゃべらないし、お酒は飲まない。距離も保とうとする意識が皆にあった。消毒できる箇所がいっぱいあって、お酒が飲めない分、手でアルコールをいただきましたよ」
会場では1ステージごと、始まる前に立ち位置やマスク着用について必ず注意喚起をする。男性は会場で、「主催者側の徹底ぶりを感じた」と言う。
「突然大雨が降って雨宿りできそうなテントに入ろうとしたら、(密になるから)来ないでくださいってスタッフに言われたんです。結果的にずぶ濡れになりましたが、感染対策は徹底していたと思う。万が一感染が起きたら努力が水の泡になりますからね。主催者やスタッフ、演奏者たちからは、緊張感や背負っているものを感じた」
だが、一部の参加者によるノーマスク姿やマナー違反とみられる行動も取り上げられ、Twitterやテレビ番組を通して拡散。批判の矛先となった。この男性はこうした報道に強い違和感を覚えたという。
「ごく一部を狙い撃ちした、一方的な切り取り方だなと感じました。はめを外す機会なんてないですし、来た人同士で楽しみましょうといった大人しい雰囲気だった。もちろん、音楽が鳴ったら体を揺らしてリズムに乗るし、こぶしだって上げますが、楽しみながらもすごく気を使っていましたよ。会場内での様子と外に発信される情報とではギャップを感じました」
フェスの模様は、YouTubeでリアルタイムに配信された。その映像を見て「ステージ前が密なのでは?」と指摘する声も上がった。実際の会場では、周囲との間隔を保つために地面に立ち位置を表示する目印が施されていて、男性によれば現地での印象は「距離を保っていた」という。だが、映像を見る限りでは「密」に見えなくもない。
これについて、前出の鹿野氏は、
「流れていた映像では人が多く見えますが、実際に現地に立ったときの景色や距離感は、映像とは全く異なります。ステージからの映像だと50%の人数でも密集しているように見える。あの映し方では、見ている人が不安になるのもわかるし、誤解が生じる」
と指摘。その上でこうも言う。
「フェスに参加する人にとっては、1%の人がルールを破ると、残りの99%の人が本当に困ってしまう。他の人も1%の人が自分たちにもたらす不利益を承知しているので、ゼロにしなくてはいけない気持ちを感じるはずです。SNSで自主的に感染対策を共有する動きもありました。とはいえ、こういう議論になれば、『だったらオンラインで無観客でやれば』という意見も出ますが、オンラインで同じように気持ちが満たされるのかと言えば、満たされない。心の通い合いやテンション、音楽から発信されるメッセージの受け取り方は全然違いますし、それはフェスのファンが一番感じているはずです」
東京都江戸川区に住む会社員男性(26)も、その“リアル”にこだわっている。なぜか。
「生の歌声や演奏は、ライブ配信などのデータには乗ってこない情報が伝わってくる。画面を通して聴いても、ここまで心臓がふるえることはない。ベースの低音やバスドラムの音の振動や、歌い手の気持ちがダイレクトに伝わってきて、心が満たされる。それに、会場で周りのお客さんの幸せそうにしてる顔が、自分も幸せにしてくれるんです。上手く言えないのですが、ライブは魔法のように感じます」
この男性は「フェスに支えられるのは、当日だけではない」と話す。平日は仕事が忙しく、0時を過ぎて帰宅することもある。だが、「開催が近づけば辛い仕事もこなすことができるし、フェスが終わった後も、しばらくはその思い出だけで生きていける」
さらに、男性のフェスへの「愛」は止まらない。
「独り身だからいつでも仕事を辞めてフリーター生活もできますが、そういう生活になったらライブに行く経済的余裕がなくなる。フェスに行くために、ちょっと仕事がきついけど、会社員として頑張れる。休日に何も楽しみがないと、どこかで折れていたと思う」
参加者それぞれが思いをめぐらせる音楽フェス。コロナ禍とて、はたして「不要不急の極み」なのか――。前出の鹿野氏は主催者としての立場として、こう語る。
「フェスを開催してお客さんを集めることは、感染防止の上で最良の選択ではないとは思っています。最も有効な感染対策は、『何もしないこと』でしょうし、僕もそう思います。しかし、人間はコロナが過ぎ去るまでずっと家で静かにしながら生きていける生物なのでしょうか。音楽は人間に対して、ひとつの希望を伝えてきたと思います。もちろん、フェスが不要不急だと思う人もいますが、必要とする人もいる。生きていくために必要としている人たちに音楽を届けることは、独りよがりなことではないと思います」
(AERAdot.編集部・飯塚大和
最終更新日:8/28(土)13:51 AERA dot.