東日本にある客室数500を超える大型ホテルで、2020年4月から新卒正社員として働いていた22歳の男性は、同じ年の10月末でこのホテルを退社した。
「希望退職」という形ではあるものの、コロナで経営不振に陥った会社から「入社1年目から3年目の社員」は、「組織スリム化」のためのリストラの標的にされたのだ。「希望退職」は名ばかりで、実質、選択肢のない失業だった。
東京商工リサーチによると、2020年は8月13日までに、早期・希望退職者募集を開示した上場企業は52社にのぼる。前年の2019年は1年間で35社だったのに比べると、とっくに過去一年分を上回っている。コロナの終息が見えない状況では、希望退職を募る企業は今後も増えると予想される。
入社後、わずか6カ月で男性は「退職」を突き付けられた。
「コロナでホテルが苦しいのはよく分かります。でも会社が社員を大切に思っているとも思えません」
男性はやり場のない気持ちをため込んでいる。
新型コロナの感染者数が落ち着いてきたこともあり、7月になってやっとホテルが再開された。
団体客や会社の宴会などの需要は壊滅的な状況だったが、7月下旬には政府の旅行需要喚起策である「GoToトラベル」も開始され、週末は客室がほぼ満室になることもあったという。
男性もホテルの現場に出て働くようになり、「ホテルの顔としての緊張感を味わった」という。
「ずっと人のいないホテルを見てきたので、お客様が入るようになると、がらっと雰囲気が変わりました。社員として売り上げも意識しながら仕事をするのは初めての経験でしたし、再開したホテルでいい接客をしたいと気合も入っていました」
また人事部からメールで、今後給与が満額支払われるという連絡もあった。
「どうにかこのホテルで働き続けられそうだと、やっと安心できました」
しかし9月。その期待は裏切られることになる。
男性が務めていたホテルには労働組合もあり、人員削減の方針について、会社側に撤回を求めたものの、会社側は応じなかったという。
「部署によっては『人員を半分にする』とだけ説明されていたので、(明確にリストラを示されたわけではない)4年目以降の社員は『誰が切られるか分からない』という状況で働いていました」
集会から数週間後、男性は総支配人と人事責任者が同席する面談の場で、「希望退職に応じれば、1カ月分の給与は多く支払う」と説明された。
男性は仕方なく、希望退職を決めたという。
「ホテルの経営が厳しいのは分かりますし、仮にこのまま働き続けられたとしても、ホテルが倒産したらどうしようもありません。身を守るためにも、転職するしかないと思いました」
男性を含めて、20人以上いた新入社員は、全員が希望退職を選択したという。
正社員に希望退職を募りながら、一方でアルバイトを雇用している点については、こう説明する。
「あくまで希望退職をした社員も、アルバイト募集からは除外していません。正社員をアルバイト化しているわけではありません。コロナの影響でビジネス利用が激減したことで、土日に利用が集中しているホテルも多い。『土日にだけ来てほしい』というのは正社員にはできず、アルバイト雇用を増やすしか方法がありません」
関係者は、「このまま政府の対応が遅れたら、多くのホテルが倒産する」と危機感を募らせる。
「雇用調整助成金は申請してから支払いまで数カ月かかりました。そして条件によっては8割程度しか支給されない。しかも、それは人件費だけの話。ホテルにとっては建物の賃料も莫大で、上限600万円の持続化給付金では桁が違います。今を乗り切れても、その先いつまでもつか展望を持てないホテルは多いと思います」
労働問題に詳しい今泉義竜弁護士は、ホテル勤務だった男性のケースについて「企業側は希望退職を募る場合でも、社員にきちんと説明する必要がある」と指摘する。
「希望退職なのか整理解雇なのか、線引きが難しい場合も多い。退職させようと誘導したり、十分な情報を与えなかったりすることは、法律的にはグレーゾーン。企業側は雇用を維持するという前提に立ち、なぜ、どのような基準で、何人の社員に希望退職してもらいたいのか、財務状況など根拠を示すべきです。その上で、社員が希望退職を選択するかしないかの判断ができないといけない」
コロナの影響で失業者は増えているものの、訴訟の場で解雇を争う例は少ないという。
不当な解雇に当たる事案であっても、裁判では時間と費用がかかる上、再就職先を探す必要もあるためだ。
しかし今泉氏は、こう指摘する。
「グレーな解雇を野放しにしないためにも、希望退職を求められた場合は、簡単に納得はせすにきちんと説明を求めるべきです。仮に見切りをつける場合でも、労働基準監督署や労働弁護団の無料ホットラインなど、専門家に相談してみてほしい」
(文・取材、横山耕太郎)
最終更新日:11/16(月)17:16 BUSINESS INSIDER JAPAN