ビル、マンションや戸建住宅の防水・塗装などの大規模修繕工事を手がけるスエヒロ工業(静岡県沼津市)は、2代目社長の櫻井弘紀さんが11年前、23歳で代表になりました。失敗を経験しながらも、福利厚生の一環で本格的なトレーニングジムを作るなど、働きやすい環境作りに腐心し、「3K」のイメージが強い業界で、求人応募数を40倍、売り上げも約2倍にアップさせました。
事業承継はうまくいくかに思えましたが、そう簡単ではありませんでした。社員が次々と辞め、5人いた営業は2人にまで減ってしまったのです。
櫻井さんは代表に就任すると、単に作業を行っていた職人集団的な仕事の進め方から、仕事の獲得から段取りまでを行う、営業・施工会社へのシフトを、先代以上に推し進めました。
先代時代はどんぶり勘定だった予算や原価管理などの経理面も、明確に数値化しました。事業拡大と収支効率化を同時に進めることで、売り上げと利益率のアップを狙ったのです。
これまでの業務スキームに慣れている従業員からは、当然反発がありました。櫻井さんは「売り上げがアップすれば給与に還元できるから」と伝え、納得してもらうよう努めました。
一方で、後を継いだ重圧からか、「一人ひとりが責任を持って自発的に仕事をする」という約束を守れなかったメンバーには、厳しく接しました。たとえば、何か指示がないと動けないメンバーです。ミスについても、同じように厳しく叱責しました。
櫻井さんはもともと、自ら先頭に立ち、背中を見せて共感を呼ぶタイプだったといいます。しかし、本来の人柄が代表になった重責で、どこかにいってしまいました。「当時は余裕がありませんでした」と振り返ります。
以後、働きやすい環境を徐々に整備していきます。
国土交通省の「建設業における働き方改革」によると、建設工事業全体で、約65%が4週間あたり休日4日以下の就業で、4週間あたり8日間の休日を確保しているのは、5.7%に過ぎません。
しかし、スエヒロ工業では2019年1月に完全週休2日制を導入し、建設業に関する資格取得費用を、会社が全額負担する制度も作りました。
妊娠・出産・子育てサポートなど、女性が働きやすい環境も用意しました。社内にキッズスペースを整備したため、子育て中の社員は、子連れ出社が可能になりました。スペース内にはデスクも置いているため、特に低年齢の子どもの場合には、保護者はキッズスペース内で仕事をしながら、子どもの様子を確認することもできます。
保育士資格を持つ従業員が2人いるため、いずれは同スペースを、後述するトレーニングジムと同じく、外部に開放する計画もあるそうです。
また、子どもの習い事の時間に合わせて、就業時間を調整できるようにもしました。
福利厚生の充実と並行し、採用活動の改革にも着手しました。それまでは求人広告を出しても、1~2カ月での応募が1人あるかどうかで、応募数が少ないために、採用のミスマッチが発生し、結局離職してしまう、という課題もありました。
「給与や仕事内容を全面に出すのではなく、従業員が働きやすい環境に注力していることや、実際に働いている従業員の属性、プライベートの過ごし方など、先代から続く、スエヒロ工業の『家族(組織)』の価値を全面に出す方向へ、大きく転換しました」
大きなフックになったのが、ジムの存在でした。求人広告に「福利厚生施設・ジム」と明記すると、以前と比べて約40倍にも応募数が増えたからです。
母数が増えただけでなく、応募者の属性も大きく変わりました。給与や建設ではなく、働き方、環境、メンバーといった軸に興味を持つ、建設業界とは関係のないタイプからの応募が増えました。
ジムを一般にも開放したことで、会社の認知度がアップするとの効果もありました。その結果、さらに多くの人が応募するようになりました。ユニークな取り組みをしている企業として、メディアでも注目され、新規顧客開拓にもつながっています。
櫻井さんのもとには、他社の若い2代目から、後を継ごうかどうかという相談を受ける機会が増えてきました。「社員を食べさせていけるか」「営業はうまくいくか」「社員の多くが年上で不安」。そのような疑問に、櫻井さんは次のようにアドバイスしています。
「後を継ぐことを、難しく考えがちな人が多いと感じています。経営に対する自分の考えを整理し、社員の前で話して共感してもらえるかどうか。このような基準で判断すればよいのではないでしょうか」
最終更新日:8/17(火)10:54 ツギノジダイ