キッチンやインテリア用品、雑貨などを幅広く取りそろえる300円ショップ「スリーコインズ」(通称・スリコ)。毎月700~800点もの新商品が発売されるという。その旺盛な商品企画力はどこから生まれるのか。「バイヤー」と呼ばれる担当社員を直撃すると、「デバイスの分野はアマゾンがライバル」「300円均一に見られたくない」など意外な本音が漏れ、アイデアあふれる“失敗作”の存在も教えてくれた。ネット販売の王者も意識しつつ、変革を続けるスリコの舞台裏を報告する。【毎日新聞経済プレミア・井口彩】
<スリーコインズは1994年、大阪市のアパレル会社「パル」(現在のパルグループホールディングス)が阪急・大阪梅田駅に近い同市北区茶屋町に出店したのが始まり。100円ショップよりデザイン性や機能性を高めた商品を扱う店を作りたいという社内提案を受け、同社初の雑貨事業としてスタートした。2013年に100店を突破し、7月末現在で全国に220店を構えている。
当初は食器やキッチン雑貨などが中心だったが、徐々に収納用品や洗濯グッズといったジャンルにも拡大。現在は商品全体の9割を自社で開発している。分野ごとに商品の企画やメーカーへの発注を担っているのが13人の「バイヤー」たちだ。このうち、知育玩具などのキッズ用品やキッチン用品を担当する松村薫さん(39)と、イヤホンなどの「デバイス」と食品を担当する升川拓さん(32)に最近のヒット商品について聞いた>
◇ワイヤレスイヤホンは70万個のヒット
◆松村 アイスクリーム・コーンやスコップなどの形をした砂遊びセット(550円)は2週間で完売する人気で、再入荷しました。砂遊びセットは毎年人気ですが、今回のようにくすんだ色合いは初めて。子供の遊び道具は赤や緑などの原色や派手なピンクのものが多いですが、強い色より落ち着いた色の方がいいかなと思いました。私には4歳の息子がいますが、子供の物って家ですぐに散らかります。くすんだ色の方が散らかっていてもまだ許せるし、片付けなくてもいいと思えるので……(笑い)。
◆升川 昨年3月に発売した「ワイヤレスステレオイヤホン」(1650円)は70万個以上を売り上げています。左右のイヤホンをつなぐケーブルもない商品で、同じスペックの相場は大体4000円くらい。スリーコインズらしい安い価格帯で作れないかと、ずっと前から目を付けていました。
◇デバイスのライバルはアマゾン
<ワイヤレスイヤホンは、財布のひもが固そうな記者の男性上司(49)も愛用し、ネットでも話題になっていた。スリーコインズの店舗に行くと、「これがこの価格で手に入るの?」と驚きを感じるが、どうやって低価格を実現しているのだろう>
◆升川 僕はライバルは(ネット通販大手の)アマゾンさんだと思っています。アマゾンには中国メーカーが直接販売する低価格品も含まれ、サイトを見れば日本での底値が分かります。開発を始めた19年当時の最安値は1980円でした。お客さんもイヤホンのような電子機器はアマゾンで価格比較をする人が多いので、ここよりも低価格を実現することで「アマゾンですらこの価格なのに」と思ってもらえるからです。
でも、安いイヤホンは音質が悪い。今回は五、六千円の初心者モデルくらいの音質を目指しました。香港に何度か出張し、安くて高品質な部品を製造できる現地メーカーを探して「うちなら数が売れるから作ってほしい」と口説きました。大手メーカーは高い品質の商品を高い値段で売りたいけれど、うちは「価格に対しての驚きが絶対に必要」という発想です。実際は2500円の価値があると思いますが、ギリギリの値段(1650円)でやらせてもらっています。ブランド価値の低下を嫌う大手には手を付けられない価格帯で、向こうはうちをうっとうしく思っているのでは。
◆松村 安くても質が悪い物は使えないので、譲れない点は残しつつ、ちょっとでもコストを下げる方法はないのか、毎回メーカーと相談しています。砂遊びセットも、本当は中身の見える箱などを使った梱包(こんぽう)にした方が見栄えが良いかもしれないのですが、なるべく本体にお金をかけたかったので、網で作った袋に入れてコストを削っています。いかに価格を抑えるか、毎回格闘しています。
◇ユーザーのSNSも参考に
<1カ月に新規入荷される商品は700~800点(うち約3分の1がアクセサリー)。各店舗が扱う全体の商品数は平均で約2000点なので、かなりの数だ。新商品を出し続けるため、どんな工夫をしているのだろう>
◆升川 ネットはいろいろな情報が転がっているので、チェックが絶対に欠かせません。あと、男性の僕は女性の感性が分からないので、街を歩く女性が持っている小物を必ず確認します。普通より、ちょっとおしゃれな人の持ち物は、次第に一般的なマス層に「落ちて」くるので、「ファッションに気を使っているな」と思う人を観察し、色遣いなどにも生かします。ホームセンターにも立ち寄ることがあります。催事や季節商品の参考になりますし、自分たちだともっと安くできるのではという商品も見つかります。
◆松村 3月に発売した知育玩具で、絵合わせ遊びや計算練習ができるパズルなどは、実際に息子に遊ばせて、どうやって遊ぶのか検証しました。周りの友達やメーカーの子育て世代の担当者に意見を聞くこともあります。「こんなの作って」「あれはいつできるの?」と、すごく簡単なことのように言われてしまいますが(笑い)。お客さんもSNS(ネット交流サービス)でスリーコインズの商品の写真や感想を投稿してくださるので、すごく参考になります。
◇猫好きが生んだ「ひげケース」
<記者にとっても面白い企画記事を出し続けるのは大変。ネタ探しにはいつも骨が折れるし、時には夢にも出てくる。升川さんは月に30点、松村さんは65点の新商品を企画しているという。気苦労も多いのでは?>
◆升川 企画を生み出すのはきついです。出口が見えない中で、何かに追われるようにアイデアを模索していく作業なので……。
◆松村 前は靴下のバイヤーをやって産休と育休を取った後、キッズをどうしてもやりたくてバイヤーに戻ってきました。基本的に自分が欲しいものを作っているし、今はまだ、欲しいものがたくさんあります。自分の息子が大きくなっていくというのもあり、まだあまりない小学生くらいの子供用品も作ってみたい。
◆広報担当者 売れている商品の一つにペット用の「ひげケース」(330円)があります。実はこの担当バイヤーが猫を飼っていて、ひげが抜けると「大事なペットのひげを捨てるのは忍びない」とジッパー付きの保存袋などに大事に保管していたそうです。そこで、ペットのひげの保管専用に「HIGE」と書かれた松材の小さな箱を考案しました。社内では「本当に売れるのか」と議論になりましたが、発売してみたらSNSで話題になり大好評。バイヤーの「好き」という気持ちから生まれた商品でした。
◇自信作「カンガルーエプロン」は響かず
<これだけ数が多いと、思うように売れ行きが伸びない「失敗作」はないのだろうか>
◆升川 失敗はもう山ほどしているので、どれを言ったらいいのか……(笑い)。19年に販売した「カンガルーポケットエプロン」がありました。家で洗濯をする時に、洗濯籠に洗濯物を入れて、床に置いて、かがんで取って干す動作を繰り返すのが本当にしんどくて。何とかならないかと、おなかの辺りに洗濯物が入る大きなポケットを付けた、カンガルーのようなエプロンを作ったんですよ。しゃがまずに立ったまま干せたら楽だし、すごく良いアイデアだと思ったんですが、そんなにお客さんに響かなかった。僕は毎日洗濯するのが面倒で、まとめて洗濯する派だったからかな。毎日やる人は苦じゃないのかもしれない。
◆広報 生産が終了してから、お客さんから問い合わせがいくつかありました。浸透するまでに時間がかかるのかも。
◆升川 僕は洗濯用で作ったけれど、保育士さんが子供に配るおやつを入れるのに使っていたようです。想像とは違った用途で使われたんですよね。
◆松村 失敗作はもちろんいっぱいあります。最近でいうと暑さ対策のネッククーラー。ぬらすと冷たくなる生地を使用した布を首元に巻いて使う商品ですが、今年、初めて子供用を作りました。子供は暑がりなので「これはいける!」と思ったんですけど、全然(笑い)。ちょっとデザインが地味だったことも理由だと思いますが、他の暑さ対策商品の売れ行きが良い中で、これは小さい商品だから目に留まりにくかったのかな。個人的にはとても機能的な商品だと思っているので、また来年リベンジしたいです。
◇新たに食品も販売
<新しい商品に次々と挑戦する2人。最後に、これからの目標を聞いた>
◆升川 昨年12月から、日本各地から集めた瓶詰のご飯のお供やドレッシングなどの食品販売を大型店限定で始めました。9月ごろからは食品のプライベートブランド(PB)も開始します。こだわりは何よりも味と値段のバランス。百貨店よりもスーパーで買い物をするお客さんに共感してもらえるような値段設定でラインアップを増やしたい。最近は試食ばかりで、ダイエット中なのにもう1000種くらい食べています(笑い)。
◆松村 キッズ用品を探している人がまずスリーコインズに来てくれるように、いつ来ても買いたくなる商品を作れるようになりたいです。キッチン用品は300円の価格帯がメインでしたが、これからは1000円以上の高価格帯の商品作りにも取り組みたいです。
最終更新日:8/9(月)9:30 毎日新聞