スタンリー・キューブリック監督の不朽の名作「2001年宇宙の旅」が初公開されたのは1968年。その3年前に誕生し、今も高い人気を誇る菓子がある。「ココナッツサブレ」だ。商品の入れ替わりが激しい菓子業界では、こちらも“不朽の名作”と言ってもいいかもしれないが、ロングセラー商品にも悩みがあるという。それは、若い世代への定着。“若者ウケ”を狙った新商品を次々と発売したココナッツサブレのパッケージには、「はぴば!」「おめでトン」といった伝統商品とは思えぬ若者言葉が並んでいる。(SankeiBiz編集部)
■発売当時は“高級菓子”
「コスパ最強」「コスパ最高」…。価格に比べ質が高い「コストパフォーマンス」に優れた菓子として、ココナッツサブレはネット上でこう評されている。ココナツ風味とサクサクとした食感が特徴のビスケットで、実勢価格は100~120円。100円ショップの菓子コーナーでもよく見かける定番商品だ。
ココナッツサブレを製造する日清シスコのブランドマネージャー、石田晃三さん(40)は「今の価格からは想像できませんが、実は1965年の発売当時はちょっとリッチなビスケットでした。ココナツといえば南国のハワイということで、ハワイのビーチで撮影し、当時まだ珍しかったテレビCMも打ち、めちゃくちゃ売れました」と明かす。
当時の販売価格は50円と120円の2種類。銭湯が28円、ラーメンは70円で食べられた時代である。単純に物価を比較することは難しいが、とても100円ショップで買える代物ではなかった。石田さんは「もっと高い価格設定でも売れるとは思うのですが、お客さんの思いを裏切れませんので、お求めやすい値段にこだわっています」と語る。
■“若者ウケ”狙って…
昭和の菓子といえば、「あたり前田のクラッカー」(前田製菓)や赤いパッケージの「都こんぶ」(中野物産)などが思い浮かぶ。いずれも昔懐かしいパッケージが特徴だが、現在発売されているココナッツサブレのパッケージは、郷愁や哀愁とは無縁だ。
「はぴば!」「56ねん おめでトン」「キミが主役」「56年続いたコト。これわただのキセキじゃなくて間違いなくみんなのおかげ」
「はぴば!」が「ハッピーバースデー」の略語だと気づくのに3秒ほど要した。ココナッツサブレに慣れ親しんだ世代からすると、少し戸惑いを覚える文言。助詞の「は」を「わ」と表記するのは、若者言葉にみられる特徴だろう。ちょっとイタい感じがなんともいえないが、ココナッツサブレが56回目の誕生日を迎えたことを記念したパッケージなのだという。
「ロングセラーブランドの悩みとして、若い世代にどう接点を持っていくかというのがあります。例えば、大学生が友達と食べる菓子にココナッツサブレを選んでほしいという思いがあります。これから100年ブランドを目指すためにも、若い世代の方に食べていただきたいと考えています」
ブランド責任者の石田さんの思いは熱い。新商品の展開も積極的だ。今年に入ってからも「まろやかコーヒー牛乳味」や「レモネード味」といった期間限定商品を次々とリリース。「古いことが新しいという若い世代の『ニューレトロ』」(日清シスコ)を意識したラインナップとなっている。
コーヒー味の瓶入り牛乳と言えば、銭湯の湯上がりに腰に手を当てて飲む至高の一杯。レモン風味の炭酸飲料レモネードも、「ラムネ」の語源になった昭和を代表する飲み物だ。中高年には懐かしく、若い世代には新鮮に映る「昭和レトロ」は最近のトレンドでもある。
■シンプルなビスケットの複雑な製造過程
「スターバックスなどのカフェのコーヒーではなく、あくまで銭湯で飲むコーヒー牛乳の味にこだわりました。ミルクを感じられる少し甘めな味わいです。期間限定品では過去最高の売り上げでした。SNSでも『おいしい』という評価でした」
時代に合わせて変えるものがあれば、頑なに変えないものもある。それはフラッグシップであるココナッツサブレの味と値段だ。2016年にビスケット5枚ずつを4パックに分ける「小分け化」をするリニューアルを行ったものの、パッケージデザインも発売当初のパッケージをほぼ踏襲。原材料や製法もほとんど変えていないという。石田さんは「シンプルに見えますが、非常に複雑な工程を経て製造されています。ココナツ香料を使わず、本物のココナツをこだわって使っています。香料でも試作してみましたが、やはり自然由来の風味は全然違います」と強調する。
見た目はシンプルなビスケットだが、製造過程は複雑だ。まずココナツの固形繊維を小麦粉に混ぜ、生地は6層に折り重ねて焼き上げる。こうすることでサクサクとした食感と、コクがあるのに飽きのこない素朴な味わいが実現するのだそうだ。ビスケット表面のテカリは「シュガーコート」と呼ばれている。これは、砂糖をかけ、バーナーで焼いたものだという。
さらに昨年、人知れずある改良が施されていた。発売55周年を記念し、ココナツオイルを練り込み、コク深さを増したのだという。「はぴば!」などと記す前に、もっと改良点を強調してもよさそうだが、何とも奥ゆかしい。あるいは、人知れぬ企業努力と言うべきか。
ベースの味、製法は変えず伝統を堅持しながらも、時代の変化に即して新しいものも積極的に取り入れる。それが、いつまでも朽ちることなく残り続ける秘訣(ひけつ)であり、ロングセラーたるゆえんなのかもしれない。
最終更新日:8/8(日)12:00 SankeiBiz