やゆされても 靴下にかけた社長

明治35年創業の老舗靴下メーカーは中国との価格競争のなかで、工場閉鎖を決めました。それでも、4代目社長の西村京実さん(50)は理想の靴下づくりをあきらめません。先代を説得し、販売子会社の「アイ・コーポレーション」(東京・文京区)で企画販売に特化した事業を再開。カシミア100%靴下など斬新な自社ブランドを立ち上げ、注目を集めています。

大手靴下メーカーの下請けとして長く製造を続けてきたウエストにとって、当時、最大の懸案は中国の業者との厳しい価格競争でした。

 取引先は「いいものをとにかく安く」の一点張り。いいものを作るのはもはや当然で、それだけでは勝ち目がなかったのです。そこで、西村さんがまず手がけたのは、下請けからの脱却を図るために企画担当者とデザイナーを雇い、「自ら提案できる工場」をアピールすることでした。

 しかし、そんな試みも、現場を仕切る職人には「お嬢の道楽」としか映りません。「言われたものを言われた以上のクオリティで仕上げるのが職人の誇りで、それがどれだけ安く買い叩かれているかは問題ではなかった」からです。そして、決定的な出来事が――。

 中国へ工場視察に行った母が現地の勢いに圧倒され、帰ってくるなり工場を閉鎖すると宣言したのです。ずらりと並ぶ最新の機械に、月給7000円という激安の人件費。「勝てっこない」は母の偽らざる実感だったのでしょう。

「靴下づくりの未来は厳しい」という母の判断で、工場閉鎖後は家業そのものからも徐々に撤退する予定でしたが、西村さんは程なくして再起を図ります。

 猛反対する母を説得、製造以外の靴下事業を販売子会社のアイ・コーポレーションへすべて移管した上で、2009年に同社代表に就任しました。若い頃に訪れたヨーロッパで、スーツ姿の男性の美しい足もとに魅了されて以来の夢だった高級靴下ブランドを立ち上げるためです。

 「既存の市場に挑んでも勝ち目はないので、まだ世の中にないけれど、あれば欲しいと思われるものを探り、商品化しようと考えました。3足1000円の商品でいいという需要ばかりではなく、ラグジュアリーブランドがニットに使うような贅沢な糸で靴下を編めば食指が動く層もいるはずだと。なぜなら、私が欲しいから。少なくともここに一人、確かな需要があるからです」

 西村さんは事業の再開にあたり、自分が理解・共感できることしかしないと決めました。「おままごと経営」と揶揄する向きもありましたが、商品のペルソナ(顧客像)を“私”に設定したのも、自分と同じような価値観を持つ女性が共感できるブランドならば自分にもつくれるし、経営の軸がブレないと考えたからです。

現在はイデ・オムのほかに、ストッキングの「LISOIR」(リソア)、保温保湿靴下の「かかと工房」と3つのブランドを展開。社長自ら飛び込み営業で販路を開拓する一方、ECにも力を入れています。

 それでもなお、「いいものはできたけれど、その価値を伝えきれていないのがもどかしい」と話す西村さん。自社がそうであっただけに、工場や職人が減り、技術まで失われつつある業界の現状にも危機感を隠しません。

 「工場を閉鎖してから、大手メーカーの人に『おたくは技術があったね』とよく言われるんです。それなら、もっと高く買ってほしかった。アイ・コーポレーションは工場に生産を委託するとき、値切りは一切しません。技術の大切さがわかっていますから」

 日本のものづくりのすごさをより広く、深く知ってもらうにはどうすればいいのか、自分に何ができるのか、考えを巡らせる毎日です。

最終更新日:7/19(月)20:28 ツギノジダイ

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6399162

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