ライオンは今年2月、夕飯作りに悩む人と、近所の飲食店をつなぐテークアウトサービス「ご近所シェフトモ」をスタートした。ユーザーは、LINEで1週間の夕食作りを近所の飲食店に依頼できる。料理の手間を軽減し、子育て中の共働き世帯を支援するという。
単身の筆者は思った。「デリバリーでよくない?」と。家にこもって仕事をすることの多い筆者とって、デリバリーサービスで豊富なメニューから食べたいものを選ぶ時間はいい気晴らしとなっている。
なぜ、ライオンはテークアウトに特化したのか。それで果たして事業はスケールするのか。起案者のイントレプレナー(社内起業家)廣岡茜さんに聞いた。
ご近所シェフトモが正式リリースされて約4カ月、夕食を作ってくれる加盟店は都内に35店舗、ユーザーは2000を超えた。ここまでの道のりは、決して楽なものではなかった。
事業化のステップは、廣岡さんがそれまで10年開発に携わった洗濯用洗剤とは全く異なるものだった。生まれたばかりのご近所シェフトモは、何もかも自分たちで作り上げていくしかない。
加盟店もユーザーも最初は足で稼いだ。ターゲットは子育て中の共働き世帯。保育園を起点に歩き回り、和食や家庭料理の店を見つけては飛び込んだ。効率など考えず、突っ走った。新型コロナの話題も出始めた頃、テレアポに切り替えた。アポが取れるのは100件中2、3件。「負けまくっていました」と廣岡さんは話す。
アポが取れる店には特徴があった。お子さま用の椅子や皿が置いてあるようなキッズフレンドリーな店だ。「料理がツラい」と熱く畳み掛ける廣岡さんのスタイルに、「ライオンはUberや出前館の営業とは随分違うね」と言われながら、8から9割の確率で成約した。
時には、廣岡さんが加盟店の店頭に立っておかずを売った。17時から20時まで立っていると、いろいろなことが見えてきた。その時間帯に店の前を通る人、買わないけど立ち止まる人、表情や聞こえてくる話し声。
「一番の学びは、当日だと、『テークアウトやってたのね』『もうそこのスーパーで買ってきちゃった』という反応が多いことです。新型コロナの影響でテークアウトを始める飲食店が増えていますが、当日では他に目移りされる可能性もあります。事前予約で確実にテークアウトさせることがこのサービスのポイントになると実感しました」
コロナ禍の前は、テークアウトにネガティブな店主が多かった。しかし今は、新たな取り組みに積極的な店が増えているという。
ご近所シェフトモの役割も少し変わり始めている。緊急事態宣言でお店に食べに来る客は減ったが、自炊の機会が増えたことで、ご近所シェフトモ経由の注文が増えたのだ。「『シェフトモ』で予約が入っていることが精神的な支えになった」という店の声も廣岡さんの耳に届くようになった。
ご近所シェフトモでは、一週間前に注文が確定する。店側はそこから発注をかけるため、無駄な出費や廃棄を減らせる。貢献はまだ微々たるものだ。しかし、料理を手渡す瞬間に「今日もお疲れさま」「今日は市場で仕入れたブリを使ってみましたよ」、そんな店と客の会話が生まれ、食べに来てもらえなくても“常連さん”を増やしていける。それは単なるテークアウトサービスではない。アフターコロナに続く、つながりだ。
店主からも前向きな声が上がっている。
「ご近所シェフトモを始める前は、自分が見えないところでどう食べられるかなんて考えたこともありませんでした。でも今は、食卓に並ぶところを想像しながら作っています。彩りがないとさみしいからプチトマトを添えようとか、勉強になるんですよね。家庭料理のレパートリーも増え、料理人としての腕が上がっている気がします」(北前海鮮問屋「三番船ハ印」店主)
日本の人口は減少の一途で、単独世帯や共働き世帯も増え、生活スタイルが多様化している。家事が家庭の中で完結しなくてもいい世界が、訪れつつある。
「毎日の料理がツラいという悩みから生まれたご近所シェフトモですが、今では私の思いだけでなく、使う人たちの互いを思いやる気持ちがサービスを育てています。『ウチのごはんはあの店に支えてもらっているから、今は私があの店を支えたい』というお客さまもいるし、『あの人にはこの間もこの副菜を出したから、今日はちょっとソースを変えてみようかな』という店主もいる。間に立つ私たちがもっとこのサービスの温かさを伝えていかないと、と感じます。今後の課題です」
廣岡さんに、次の新規事業のアイデアがあるか尋ねてみた。すると「料理の次は、洗濯を手放したい」と思っているそうだ。廣岡さんは洗濯用洗剤の開発に10年携わってきたというのに、柔軟な考えに驚かされる。
廣岡さんは試しに1カ月、洗濯をアウトソースしてみたという。メリットとデメリットが見えてきた。プレイヤーとしてこの領域に飛び込むのも面白そう、と考えた。廣岡さんは今日もビジネスとプライベートのはざまで新規事業の種を探している。
最終更新日:6/29(火)10:25 ITmedia ビジネスオンライン