転売ヤー 就職する気がうせた

コロナ禍前夜、今年1月末のある日。レジに並ぶ恭一(26)=仮名=が両手に持ったかごは大量のマスクであふれていた。仲間と2人、福岡県内のドラッグストアを車で約30軒回り、段ボール5箱分のマスクを買い占めた。フリマアプリで売り、翌朝に発送。もうけは2人で10万円。「こんな実入りのいい商品は珍しい。めっちゃうまかった」



 彼はいわゆる「転売(てんばい)ヤー」。品薄が見込まれる品を定価で大量購入し、インターネットで高く売り、利ざやで稼ぐ。酒類や医薬品、偽ブランド品など禁止されている品物以外、転売は原則自由だ。マスクも3月に国が禁じるまで違法ではなかった。コロナ禍において、消毒液やゲーム機、ホットケーキミックスが姿を消したのも転売ヤーの仕業だ。損しないように大規模な転売業者に売りさばくことも多く、さらに高騰して消費者の手に渡る。中古品販売店の買い取り価格や同業者の情報網を駆使し、狙いを定める。

 「もうかる商品は一気に買い占める。品薄が本格化する前に動くのが大事。マスクもがっつり買えたのは最初の3日間だけだった」

「転売消えろ」「転売ヤーはクズだ」。ネット上にはこんな声が目立つ。世間の風当たりは強い。ただ、恭一は涼しい顔で言い放つ。「商品が買えないのはその人の努力不足だ」。それでも友人がマスクが買えずに困っていた時は、わずかに罪悪感を覚えた。

 転売のネタがないときは料理の宅配バイトでミニバイクを走らせる。家も車もいらない。「そこそこの生活でいい。転売で1カ月頑張って、その稼ぎで3カ月休む生活が心地いい」。福岡市内のアパートの家賃は3万7千円。交際中の彼女はいても「扶養家族ができればリスクになる」と結婚願望はない。将来の夢を抱いたことなんてあっただろうか。「楽な道ばかり選んできてしまった」と自嘲する。

 それでも、将来に不安はない。「たとえ転売できなくなっても、また新たな隙間が生まれる。そこで稼げばいいから」。屈託のない笑顔を見せた。

一方で、同業者への疑心は強かった。転売で大きく稼ぐには人海戦術が重要。恭一も8人ほど雇って加熱式たばこを買い占めていた時期があった。ただ、彼らがちゃんと働いているかを管理するのがストレスで、毎日飲み歩いていたという。仲間が金を持ち逃げし、トラブルになったこともあり、少人数で商品を買い付けする方が気楽なのだ。

 さらに恭一はこう言ってのけた。「転売はグレーな商売だから、他人を信用しにくい。品薄で困っている人がいても、『買えないやつが悪い』とずぶとく思わないと生きていけないよ」 (御厨尚陽)

    ◇    ◇

 「NICHE(ニッチ) INDUSTRY(インダストリー)」は、英語で隙間産業を意味する。小さな分野や市場は時流の変化に影響を受けやすい。連載「NICHE-MEN(ニッチメン)-オレの仕事、アウトですか?」に登場するのは、隙間のさらに奥、吹けば飛ぶようなニッチな世界で実にたくましく、時にふてぶてしく生きる男たち。アダルト系、転売ヤー…。子どもが憧れる職業にはランクインしないが、需要があればこそ、存在するなりわい。あらゆる業種がコロナ禍で打撃を受けている今、見えにくい隣人の山あり谷ありの人生をお届けします。

最終更新日:11/11(水)12:32 西日本新聞

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6376182

その他の新着トピック