人生100年時代――。数年前からたびたび耳にする言葉だが、日本人の平均寿命をみると、女性87.45歳、男性81.41歳。100歳まで生きている人はどのくらいいるのか、ちょっと気になったので調べたところ、女性は6.7%に対し、男性はわずか1.6%にすぎないそうで(みずほリサーチ&テクノロジーの調査、2015年)。
100歳の紀寿(きじゅ)を祝うことができるのは、残念ながらまだまだ少ないようだが、企業はどうなのだろうか。帝国データバンクの調査によると、毎年1000社以上が創業100周年を迎えているようだ。業歴100年以上のいわゆる“老舗企業”は、全国に3万3259社(2019年)存在していて、割合でみると2.7%。以前、某ビジネス誌が「企業の寿命は30年」といった特集を組んでいたこともあって、老舗企業の数に「あれ、意外と多いなあ」と感じたわけだが、その中で気になっている企業がある。今年100歳になった、文具メーカーの「サクラクレパス」(大阪市)だ。
同社は1921年に産声をあげる(当時の社名は、日本クレイヨン商会)。子ども向けの文具を製造・販売していて、25年にクレヨンとパステルの長所を兼ね備えた「クレパス」を発売。このほかにも、名前などを書くのに便利な「マイネーム」や水加減を調節することで自在に表現できる「マット水彩絵の具」など、さまざまな商品を扱っていて、73年に同社を代表する商品が登場する。ご存じ、「クーピーペンシル」だ。
「懐かしいねえ、子どものころによく使っていたよ」といった人も多いかもしれない。「全部が芯の色鉛筆」のクーピーは、どのようにして開発したのだろうか。色鉛筆を使用しているお客から、「消しゴムで消したい」「芯がボキボキ折れない色鉛筆がほしい」「幅広い面塗りがしたい」といった声があったので、開発を進めることに。原料の合成樹脂を、紙の表面の凹凸に入り込みにくくすることで、消しゴムでも消せるようにした。結果、ロングセラー商品につながっていくのだ。
ただ、ちょっと気になることがある。リサーチ事業などを手掛けるアイブリッジが行った調査によると、普段使用している文具に興味やこだわりがあるのは、若い人ほど多いことが明らかに。子どもの数が減っていることを考えると、文具業界に「逆風」が吹き荒れているのではないだろうか。
矢野経済研究所のデータを見ると、やはり右肩下がり。2016年度の市場は4692億円に対し、20年度は4064億円(予測)。クレヨンやクーピーなど子ども用をメインに扱っているサクラクレパスも、じわじわダメージを受けているのではないか。今年100歳を迎えたけれど、このままだと108歳を祝う茶寿(ちゃじゅ)は難し……と邪推していたが、見事に違っていたのだ。
20年度の売り上げは386億円で、8年連続で過去最高を更新。「少子化+子ども向け商品=ダメだこりゃ」といった公式を想像していたものの、海外事業が会社の業績を引っ張っていたのだ。売上高の海外比率をみると、12年は27%だったが、20年度は41%まで高まっている。
ところで、海外の売り上げは、なぜ伸びているのだろうか。同社が海外展開を始めたのは、1930年のこと。世界恐慌が日本にも波及し不況が深刻化していたり、サッカーのワールドカップ第1回大会(ウルグアイ)が開かれたり、銀座に三越がオープンしたり。創業してからわずか9年目にもかかわらず、海外展開を始めていたのだ。
当初、アジア諸国に、商品を販売していたわけだが、担当していたのは「営業部」でもなく「海外事業部」でもない。「美術部」だったのだ。ネーミングからして“学校の部活動”のようなイメージがあるが、学園祭のノリのような感じで仕事をしていたわけではない。現在、海外事業を担当している菅原健一常務取締役に聞いたところ、「“商品をつくって、売れたら終わり”ではなく、絵を描くことの楽しさなどを伝えていくことにチカラを入れていました。こうした背景があったので、部署名は『美術部』としていました」
その後、1956年に米国、その2年後に欧州に進出する。「海外に進出する際、日本で展開しているブランドをそのまま使っても、現地の人たちにはなかなか伝わりません。ということもあって、パッケージのデザインや商品名などは変えています」(菅原さん)とのこと。
例えば、水彩絵の具には「Koi(コイ)」という名称を付けている(日本では「プチカラー」として販売)。パッケージにカラフルなコイ(鯉)を描くことで、日本的なイメージを表現しているという。このほかにも、日本で販売しているボールサインは「ジェリーロール」に、水性顔料サインペンは「ピグマ」といった名称で、それぞれ販売している。
とにもかくにも、現地優先。その国や地域で暮らす人はどんな文具を使いたいと思っているのか。現地の子会社や販売代理店の人たちと、「ああでもない、こうでもない」と議論を重ねながら、商品開発を進めているという。そんな中でも、好調なのは中国である。「中国画」(水墨画のような表現が特徴)用の絵の具を開発したところ、売れに売れているそうだ。
海外事業が成長していることは、よーく分かった。しかし、である。90年ほど前から展開しているのに、なぜ多くの人に知られていないのか(筆者の勉強不足であれば失礼)。商品のパッケージを見ると、サクラのマークがどーんとプリントされているのに、である。
その秘密を探っていくと、どうやら「価格」が関係しているようだ。現地メーカーの文具に比べて、サクラクレパスの商品は高い。2~3倍ほど高いモノもあるが、いまのところ低価格路線を選択する予定はないようだ。「価格は高めに設定しているので、売り上げを伸ばすのに時間がかかっているのかもしれません。それでも、品質の良さをじっくり伝えていきたい」(菅原さん)という。
アーティストなど作品にこだわる人ほど、使うペンにもこだわる傾向がある。「気に入ったペンは長く使う傾向があって、ユーザーの『子どもや孫も使っている』といったことを聞くようになりました」(菅原さん)。また、数年ほど前から、Instagramで有名アーティストが使っているペンを見て、注文する人が増えているそうだ。
ちなみに、国内事業の繁忙期は、毎年2月~4月にかけて。入学シーズンに合わせてピークを迎えるわけだが、海外は違う。9月入学を考えると、本番はこれからである。
令和版の“美術部”は、「サクラ」のデザインが施された商品をどこまで“咲かせる”ことができるのだろうか。
(土肥義則)
最終更新日:6/12(土)15:43 ITmedia ビジネスオンライン