飲食店は危機的 獺祭社長の覚悟

山口県岩国市にある、旭酒造。奇跡の酒ともいわれた日本酒「獺祭」を生み出し、日本のみならず、世界中にファンを持つ日本を代表する酒造メーカーだ。その旭酒造が、5月24日、「日本経済新聞」(朝刊)の一面を使った意見広告を掲載し、大きな反響を呼んでいる。



旭酒造の桜井一宏社長に、この意見広告の意図、飲食店に対する思いを聞いた。

──意見広告の反響は?

非常に沢山の反響を頂いた。また、飲食店以外の方たちからも反響が多かった。賛否両論、特に、否定的な意見もあることを覚悟していたので、好意的に受け取って頂く方が多く驚いています。

──どのような経緯でこの意見広告を出されたのでしょうか?

一番最初は、元飲食店出身の社員がおり、「現状、非常に厳しい。何か出来ないか」という声をもらったのがきっかけだ。私たちは酒造メーカーなので、その厳しい状況がよく見えた。

世間では、「給付金をもらっているから、いいではないか」とか、「テイクアウト、デリバリーなどで活路を見い出せばいいじゃないか」という声も聞かれるが、それもなかなか簡単にできることではない。そんな中、どんどん疲弊していって、苦しい状態、危機的な状況にになっているな、というのが実感としてありました。

──それは、いつくらいから特に深刻化したのでしょう。

Go toキャンペーンが施行されたあたりでは、これから好転していくのではと期待感もありました。実際、このまま、小康状態を保ったまま、ワクチンが普及すればなんとかなっていくのではないかと。

ただ、昨年末あたりの第三波の到来から、忘年会事業を想定していた飲食店さん、観光業さんたちは、もうそろそろ店を閉めるかもしれないという声が聞こえ始めました。その厳しいという声はどんどん増えている。

考えてもみれば、普通は「辞めます」とか「店を閉めます」なんて今後の営業活動に影響が出るので絶対に言わないものです。だからこそ、どれだけ彼らが危機的な状況に苦しんでいるのかがわかる。店を閉じるという覚悟ができているからこその発言だと思うんです。

私たちは酒業界にいるから、飲食店の状況が目に付きやすいけれども、もっと他にも弱い業界、苦しんでいる業態があるのではと、その方たちのために何かお役に立てればと思ったんです。

勿論、意見広告を出したところで好転なんてしないかもしれない。けれど、皆で考えるきっかけになればと思いました。

意見広告を出す前、弊社の会長が公式サイトにある『蔵元日記』に、これまでの飲食店だけが標的になったような政策に問題があると書いたんです。しかし、これだとどうしても限られた人にしかメッセージが届かない。そこで、賛否両論覚悟の上で、腹決めて意見広告を出そう、と決めました。

──御社が意見広告を出す意義についてはどのようにお考えか

勿論、飲食関係の方が声を上げればよりメッセージが伝わりやすいということもあったでしょう。しかし、「そりゃ、当事者だからいうよね」とか、「給付金もらってるのに」という声もあると思われる。だから出しにくい状況もあるのかと理解できる。

私たちは、利害関係会社ではありますが、一歩引いた状態で声を出すことができる立場にいると思ったのです。そして、当事者ではない立場の人が声をあげるからこそ、本当に危機的なんだという状態が伝わるのではないかとも思いました。

──これまで飲食店の惨状をご覧になって、どのようなやり方、対策があったと思われますか

私たちは海外へも輸出させていただいていますが、ロックダウンした国でも売上が落ちていない国があるんですね。それはどうしてかというと、日本酒が浸透しはじめ、伸びしろがあったということもあったかもしれない。しかし、それらの国は、感染症対策をしながら、飲食店をいかに回すかということを、国ごとに考えていてくれてたということが大きいと思っているんです。

たとえば、アメリカであれば、感染者の数に応じて、「テイクアウトしかできません」「アウトドアのテラスで飲食してもOK」「収容人数を25%以下ならイートイン可」などと店がどこまで我慢すればいいかわかりやすいんですよね。

予想しやすいというのはお店にとって非常に重要で、来月にはこのくらいのお客様を迎えられそうだから、お酒をここまで発注しようとなる。その予想なしに、怖くてお店側は発注なんて出来ないです。

もちろん感染症対策は大事です。しかし、それを守りながら、何ができるのか、どこまでならお店とともにコロナに対して一緒に戦っていけるのか考えていけたらいいと思います。

──お客様や、一般の消費者の皆様に対してお願いしたいことは?

恐らく、私たちは全く新しい時代に突入しているんですよね。そして、その状況は変化していく。だから、対策をしても、失敗をするかもしれない。しかし、たとえば政府が何かを失敗し、引き返そうとなったとしても、皆で寛容性を持って受け止めることが必要なのではないでしょうか。失敗しても、やりなおせるんです。

今回の意見広告の賛成意見の中には、飲食店の方から「自分たちの存在意義が認められて嬉しかった」という話もありました。皆からこれまで悪者扱いされて、経済的だけじゃない、沢山の打撃を被っていたのです。

だから、お店を応援してあげようという気持ち、一緒に戦っていこうという思い、こういうものを皆さんと共有できたらいいのではないかと思います。

──このコロナ禍で、旭酒造の業績への影響は

昨年でいうと、5月が一番ひどい状況でした。国内も海外も売上は前年比で4割を切ってしまい、全てあわせても、45-6%くらいになってしまった。
ただ、今は海外が好調なので全体的な様子は堅調、前年も超え、製造もフルでやっても追いつかないくらいの状況です。

そんな中で、見えてきたこともあります。たとえば海外で言えば、日本に来れない代わりに日本酒を飲もうというお客様が、獺祭を試してみてくれ、お客様のパイは確実に増えた。しかし、それは一過性のことかもしれないので、もう少し丁寧にお客様たちをケアしていく必要があるということ。

また、国内では、どれだけ私たちが飲食店さんに頼っていたかという構造が見えてきました。勿論、大事なパートナーさんということで、彼らを応援する原動力にもなっているのですが、「家飲み」という市場に日本酒、特に地酒が適応できていなかったと分析しています。

たとえば、スピリッツなどは売上を見てみると、前年を超えているんですよね。ワインも前年から少し落ちたとはいえ、93-94%くらい。日本酒は90%に届かず、89%くらい。つまり、これまで私たち日本酒業界は「家飲み」という慣行をつくってこれなかったのだと気づいたんです。ここに気づけたことは大変よかった。これから家飲みのイメージをどのように作っていくのかが課題でもあり、楽しみでもあります。

──ウィズコロナ時代の展望は

このコロナを経て、国内と海外のバランスが大きく変わりました。今年は海外の方が上回るはずです。そうなると、今度は国内市場の位置づけがより重要になっていきます。世界中から注目されるショーケースになるからです。

国内市場で獺祭がどう見えているのか、どんなイメージなのか、お客様に対する見え方をきちんと丁寧に作っていくことが大事です。それは、私たちだけの力では出来ません。酒屋さんや飲食店さんとともに作っていく。それを考えるいいきっかけを頂いたと思っています。

海外に関しても、急激に伸びてしまったので、品質管理、コミュニケーション、流通管理などの面で、結果的に乱暴に売ってしまう形に市場が陥ってしまう。短期的な利益を求めるプレーヤーが入ってくることに気づかせていただき、これも対策を進めています。

また、SNSやオンラインイベント、Youtubeなどを通じて、思いを伝えていこうということに気づけたことも大きかった。今まで、酒屋、飲食店を通じて行っていたお客様へのアプローチを、もっと多角的に拡充したい、できると思うようになりました。そんな関係者の皆様、そして、お客様と一緒に試行錯誤しながら、楽しんで新たなマーケットを作っていけるのではないでしょうか。

──最後に皆さんにメッセージを

新型コロナウイルスの感染拡大によって、「非日常」がいかに大事なものなのかに皆さん気づかれたと思います。

この経験を通じ、「お酒を飲む時間」は特別なんだ、非日常なんだ、ということに気づきました。また、私たち提供者の視点からみて、「一回飲みに行く」という行為がいかに貴重で大切なことかがわかりました。コロナ禍は私たちに新しい価値観というものをもたらしてくれました。

今回の意見広告を通じて、私たちが届けたかったのは「皆で考えるきっかけ」です。自分だけでは何もいいアイデアは出てこない。だから、皆で協力し合いながら、一緒に知恵を出し合っていく。こんな大変な時期だからこそ、皆とともになら立ち向かっていけると思うんです。

最終更新日:6/2(水)8:00 Forbes JAPAN

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6394998

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