アパホテル(東京都港区)が2021年5月10日に創業50周年を迎えた。1971年に石川県金沢市で創業し、アパホテル1号店を金沢市に出店(84年)、その後の隆盛は説明すべくもないが、いまや日本を代表するホテルブランドとして圧倒的な知名度を誇る。ホテル業界がコロナ禍の影響を受け続け、業界全体として惨憺(さんたん)たる状況であることはここで改めて触れないが、20年11月期連結決算でアパグループが黒字を確保したという発表は、ホテル評論家としても衝撃的だった。
同決算では、グループ連結売上高904億3200万円(前期比34.1%減)、営業利益20億4400万円(同94.3%減)、経常利益10億900万円(同97.0%減)と対前期比で大幅な減収減益となったものの、純損益では9億4900万円の黒字を確保するという注目すべき内容であった。
訪日外国人客の激減、緊急事態宣言発出が業績に大きく影響を与えるホテル一般の厳しい経営環境の中にあって、驚きと共にやはり“アパは違う”と再認識させられたニュースとなった。
アパホテルのネットワークは「全国最大665ホテル10万2708室」(21年5月19日プレスリリースより)。これはアパホテルの看板を掲げた施設に加え、パートナーホテルなども含んだ数字である。現在、首都圏・関西を中心にタワーホテル2棟・3764室を含む26棟・9947室を建築・設計中だという。25年3月末までにアパホテルネットワークとして15万室展開を目指している。
アパホテルといえば、“ビジネスホテルの代表格”という認識を持たれている方も多いかと思うが、近年ではビジネスホテルにとどまらず多角的な展開を見せている。そもそもビジネスホテルとは、宿泊に特化したホテルを指す。
一般的にホテルといえば、ダイニングレストランやバー、ウエディングや宴会など多彩なサービス提供を思い浮かべるが、こうしたホテルはシティーホテル(リゾートホテルもイメージできる)ともいわれ、業界では“フルサービスタイプ”といわれる。一方、ビジネスホテルは朝食の提供はあるものの“リミテッドサービス”という点が特徴だ。
確かに、アパホテルに宴会やウエディングというイメージはない。事実、以前筆者が出演したTBSの人気番組「マツコの知らない世界」のビジネスホテル特集では、アパホテルをビジネスホテルとして大きく紹介したことがある。
一方で、横浜みなとみらい地区に19年9月に開業した「アパホテル&リゾート〈横浜ベイタワー〉」は、ダイニングレストラン、バンケット施設、屋外プールやエステなどを擁しており、さながら都市型リゾートホテルとも表せる。
前述した定義に当てはめればこのアパホテルに限っては、「シティーホテル」あるいは「リゾートホテル」にカテゴライズできるだろう。また、地方で数少ないながらもリゾートホテルなどを運営しており、「アパホテル=ビジネスホテルブランド」というイメージは大きな間違いではないものの、総合的なホテルブランドへ進化しているという理解が正しいだろう。
一般的なホテルユーザーのアパホテルに対する評価は、“アパホテルをすすんでセレクトする人”と“絶対泊まらない人”が際立つ。他のブランドホテルと比較してここまで“はっきり好みが分かれる”ケースは珍しい。時に物議を醸し出す政治的な部分についてはここで触れないが、ある種個性的なホテルブランドにして支持・不支持の理由もさまざまのようだ。
ただし業績を鑑みるに、常識を破り続けたホテルブランドの強さを感じる。収益などの数字からは少し離れて、アパホテルが他のホテルブランドと異なると思われる点について、ホテル評論家目線で列挙したい。
【料金変動】
以前から“アパホテルの料金は日によって幅が大きい”という声は強い。繁忙期/閑散期で料金が変動するのはホテルにとって当たり前といえるが、ホテル客室のように在庫の繰り越しができないビジネスでは、需要を予測して売上高の最大化を目指す販売管理方法がとられるのが常識的。とはいえその知名度・店舗数の多さもあいまって、アパホテルの変動幅が際立って注目されてきたのは事実だ。
多くのホテルも、アパホテル同様に(程度の差はあるが)料金を変動させている。他方、全国展開するビジネスホテルでいえば「東横イン」は基本的に変動させないことをポリシーにしている。ホテルブランドによりスンタスがはっきり分かれる部分といえる。
【客室面積】
アパホテルの利用者が、客室の狭さについて指摘しているのを時々見かける。同ホテルの客室の広さは具体的に、9平方メートル(旧旅館業法最低ライン)~11平方メートルが中心帯。ビジネスホテルチェーン全体として見た場合、12~14平方メートル辺りが多く見られることからすると、狭めというのは事実。逆に言うと同規模ホテルと比べて、計算上供給客室数はより多くなる。いずれにせよ、料金変動や客室面積からイメージされる効率性もアパホテルの強さを物語っている。
【大型テレビ】
液晶テレビの低価格化も進んでいることから、ビジネスホテルでも大型テレビの積極的な導入が見られる。一方、アパホテルではかなり前から40インチ超といった大型テレビを採用しており、ビジネスホテルテレビ大型化のパイオニアといっても過言ではない。
筆者の中では、アパホテル=大型テレビというイメージを持ってきたが、最近では新たな店舗を中心に、アパホテルのテレビはさらに大型化が進んでいる印象すらある。
【オリジナルベッド】
最近さまざまなホテルで見られる“デュベスタイル(羽毛布団を掛け布団カバーで包むスタイル)”のベッドメークも、アパホテルは率先して導入してきた。さらにベッドそのものについても注目すべき点がある。アパホテルは、オリジナルベッド「Cloud fit(クラウドフィット)」を開発し、大規模な導入を進めてきた。フワフワした体感は好みも分かれるだろうが、いずにしても宿泊特化型タイプのホテルブランドでオリジナルマットレスは希有(けう)だ。
【大浴場】
アパホテルでは、大浴場をかなり前から積極導入していることでも知られる。アパホテルの客室に入ると、ベッドの上に折り鶴が置かれているのを記憶している方もいるだろう。これは「ビジネスホテルで温泉旅館のおもてなし(旅館=大浴場)」というコンセプトの具現である。
また、サウナや露天風呂を設けた店舗も多く、アパホテルを選ぶポイントというゲストの声もある。ただし、ビジネスホテルという範疇(はんちゅう)でいえば、例えば共立メンテナンス(東京都千代田区)が運営する「ドーミーイン」など、大浴場へ徹底してフィーチャーしたブランドが際立っており、大浴場がアパホテルの強みとまでは言い切れないのもまた事実である。
以上のように、大画面テレビ/デュベスタイルのベッドメーク/大浴場など、今となってはビジネスホテルのスタンダードとなったサービスをいち早く採り入れていたのもまたアパホテル。賛否渦巻くホテルブランドであるが、利用者目線を視座とするホテル評論家としては、客室のみに着目しても先見性という点で注目してきたブランドというのは間違いない。
アパホテルは自社で保有する直営施設も多く、スピード感のあるホテル経営・運営をモットーとしてきた。元谷外志雄代表のカリスマ性も広く知られるが、直営施設という条件を鑑みると、意思決定から実現までのスピード感は容易に想像できる。ホテル業界をとりまく環境が激変する中で、孤高のホテルブランドとして存在感を示してきたのには、こうした点も指摘できるだろう。
近年、都心で開業ラッシュの様相を呈しているアパホテルであるが、そうした新しい店舗に注目していると、豪華なロビーに真新しい客室というホテルをイメージする人も多いことだろう。筆者も時々メディアでアパホテルを紹介することもあるが、その際にはやはり新築の店舗を取り上げている。
一方、地方で時々見かけるのが既存ホテルのリブランドだ。“古いビジネスホテルのアパ化”が散見される。看板を掛け替え、内装も“アパ”にリニューアルする。
ビジネスホテルチェーンの巨大化で、地方の独立系や小規模ビジネスホテルは辛酸を嘗めさせられてきた。地方の駅前に立地するビジネスホテルの経営者は「看板がアパホテルに変わるだけで集客力が違うのだから大したもの」と評価する。「ウチも厳しいからアパさんに買ってもらおうか」と冗談交じりで話す。
とはいえ、こうしたリブランド物件は、確かに一見見栄えは良くなるが、経年建物であればあるほど、空調や水道管の刷新まで踏み込むのは難しいだろう。リニューアルはしてあるが、古い建物でどことなく漂う陰気臭さをはじめとして、エアコンの作動音や浴室排水の不備などが気になったことは筆者自身も何度か経験がある。
長らく目標10万室を掲げてきたアパホテル。提携店舗も含むアパホテルネットワークとして10万室は達成された。一方で、こうしたリブランド物件も多く含まれるのは目標達成を掲げ躍進してきた功罪ともいえる。拡大とブランディングのジレンマはアパホテルに限らずホテルチェーン化の大きな課題だ。都心でピカピカに新規開業するアパホテルのイメージであるが、ホテルというハードそのものに着目した場合、クオリティーの均一感は巨大ホテルブランドの課題だろう。
瀧澤信秋 (たきざわ のぶあき/ホテル評論家 旅行作家)
最終更新日:5/26(水)11:38 ITmedia ビジネスオンライン