コロナ禍で訪日外国人客が激減し、苦境に立たされている国内のホテル・観光業界。とりわけインバウンド比率の高い大阪や京都では、ホテルの倒産、廃業が相次ぐ。だがその一方で新規開業も続いている。2021年3月16日には、京都市にフランスの高級食料品店が手がける「フォションホテル京都」、大阪市にはマリオット・インターナショナルが展開する「W大阪」が開業。いずれも日本初上陸だが、勝算はあるのか。
●パリと京都を対比、融合した「フォションホテル」
京都市の中心市街地、四条河原町から徒歩約10分の河原町通り沿いに、地上10階建てで落ち着いたうぐいす色のホテルが建つ。2021年3月16日に開業したパリ発のスモールラグジュアリーホテル「フォションホテル京都」だ。1階には紅茶とスイーツで根強い人気がある「フォション」の直営店があり、フランス直輸入のマカロンやオリジナルシャンパンを買える。日本での独占販売権を有する高島屋以外でフォション製品を買えるのはここだけだ。
フォションは1886年、フランス・パリのマドレーヌ広場に高級食料品店として創業。2006年からはオーナーである中東の実業家が経営を手がけ、世界50拠点に店舗を展開している。18年にはホテル事業に参入し、パリのマドレーヌ広場にカフェ併設の「フォション ロテル パリ」を開業。日本初のフォションホテルは、不動産ファンドのウェルス・マネジメントが旧サンルート京都を取得し、リノベーションした物件だ。
グローバルで展開するフォションが、世界で2軒目の出店地として京都を選んだのは、両都市が密接な関係にあり、共通点が多いから。パリと京都市は1958年に姉妹都市提携を締結している。歴史的背景や地理的条件が似ているうえ、茶文化や食文化の発展をけん引してきた。「これらの共通点をホスピタリティーとサービスにちりばめ、ここにしかないオンリーワンのホテルをつくることをコンセプトの根底に置いた」と、ウェルス・マネジメント傘下でホテルを運営するホテルWマネジメント(東京・港)の近持淳社長は話す。
コンセプトは「フォション ミーツ キョート フィール パリ(Fauchon Meets Kyoto. feel Paris.)」。館内の至る所で、パリと京都の対比と融合を表現し、美食ホテルならではのサービスを充実させた。レセプションでのおもてなしやティーサロンのアフタヌーンティーセットなど、欧州のラグジュアリーを具現化しているのが特徴だ。
東山を一望できる高層階のクラシックルームや最上級のプレステージスイートを含め、客室は全59室。35平方メートル以上の広さを誇り、全室に女性好みのシャンパンピンクに輝くグルメバーが設置されている。フォションブランドとして世界初となるスパも開設。東山や鴨川を望む10階のレストランでは、パリ直伝のレシピをもとに京都の食材を多用したフレンチを、2階ティーサロンではフォションならではのアフタヌーンティーを堪能できる。宿泊料金は6万~9万円。
フォションホテルは、今後、全世界に20棟を計画。日本国内では、首都圏に1棟を開業する予定だ。
一方、ハイエンドな海外ブランドの旗艦店が並ぶ大阪心斎橋の御堂筋沿いに、21年3月16日に開業したのが、マリオット・インターナショナルが展開するラグジュアリー・ライフスタイルホテルブランド「W(ダブリュー)」の「W Osaka(W大阪)」だ。地上27階・地下1階の建物に、全337室の客室とレストラン、バー、スパ、プール、ボールルームなどが入る。
建築家の安藤忠雄氏がデザイン監修した外観は、黒を基調にシンプルでスタイリッシュな印象。しかし、ホテル内に一歩足を踏み入れると、エネルギッシュな大阪のネオン街からインスパイアされた、目を見張る色遣いや仕掛けを施したインテリア空間が広がる。
「われわれが『ブラックボックス』と呼ぶ黒い箱(建物)の中にはいろんな楽しみが詰まっている。江戸時代に派手な遊びやぜいたくが禁止されていたときも、大阪の商人は黒い羽織の裏にきらびやかな模様を忍ばせて楽しんでいた。Wには大胆さとウイットと情報力というコアバリューがあり、まさに大阪そのもの」と、W大阪総支配人の近藤豪氏は話す。
Wホテルは1998年に米ニューヨークで誕生。人生に貪欲で新たな出会いを求めるディスラプター(創造的破壊者)をターゲットに、ラグジュアリーの概念を変える最先端のデザインを特徴とする。W大阪でも、「泊まるだけのホテルじゃない、クリエイティビティを解き放つ『大人の遊び場』」をコンセプトに、大胆で個性あふれるデザインが取り入れられた。
例えば、レセプションやオールダイニングを配置した3階ロビーフロアでは、日本の障子と折り紙から着想を得た1枚の連続したカーテンが、広い空間のアクセントとなっている。共有スペースには、DJブースや漫才のスタンドマイクを備えたステージが設置され、バブル時代をほうふつさせる華やかな雰囲気が漂う。
客室の全室にネオンをイメージした装飾が施され、昼と夜で異なる表情を楽しめる。カクテルバーカウンターで好みのカクテルを作ることも可能だ。大阪の街を一望できる最上階の「エクストリームWOWペントハウス スイート」は、高さ4.5メートル、200平方メートルの広さがあり、5つの部屋で構成。国内のホテル客室では初めてDJブースが常設され、浴室には直径約1.9メートルの巨大なシャンパンボウル型バスタブが備えられている。宿泊料金は1泊100万円~(税・サービス料別)。ホテルのシェフを呼んで料理を作ってもらうこともできるという。
飲食については、ミシュラン二つ星のシェフが監修するオールデイダイニング「Oh.lala.。.(オーララ)」や、W香港のデザインを手がけたインテリアデザイナーの森田恭通氏率いるグラマラスがインテリアを担当した鉄板焼き「MYDO(まいど)」、オープンキッチンでパティシエが作る出来たてのスイーツを味わえる「MIXup(ミックスアップ)」などが注目を集めている。
特に鉄板の割烹(かっぽう)料理やお好み焼きを楽しめるまいどには、障子に見立てた全長約40メートルのパネルがあり、大阪出身のイラストレーター黒田征太郎氏による描き下ろしアートが描かれている。クリエイティビティーあふれる空間で食事を楽しめるのがウリだ。
オープン時のあいさつで近藤総支配人は「単なるホテルを開業するのではなく、デスティネーション(目的地)として開業したい。Wがあるから大阪に行こうと思ってもらえるよう、魅力が詰まった元気を与える場所でありたい」と意気込みを語った。
マリオット・インターナショナルは現在、W大阪を含めて国内に67軒を展開する。コロナ禍にあっても、GO TOトラベルキャンペーンやマリオット ボンヴォイ会員の積極的な利用などで「ビジネスは続行できている」(マリオット・インターナショナル日本・グアム担当エリアヴァイスプレジデント カール・ハドソン氏)。21年内もアジア太平洋地域全体で約100軒のホテルが新規開業の予定だ。
ホテルWマネジメントの親会社であるウェルス・マネジメントは、ホテルの開発から資金調達、運営までをワンストップで提供する。不動産投資信託のJリートを組成して安定稼働した物件から売却し、回収した資金で新たなホテルを開発する、資産循環型ビジネスを標榜している。「当社が供給しているのは、100室未満でバンケットを持たないスモールラグジュアリーホテル。平時なら巡航速度に移るのに3~4年はかかる」と、ウェルス・マネジメントの千野和俊社長は話す。
21年春はフォションホテル京都のほか、大阪堂島ホテル跡にマリオット・インターナショナルが展開する次世代型ライフスタイルブランド「アロフト」(客室数305室)を開業。22年以降も京都市内に、シンガポールを拠点とする「バンヤンツリー」と、インターコンチネンタル・ホテルズ・グループの「シックスセンシズ」の開業を計画している。「日本のホテル業界は、ビジネスホテル主導で市場をけん引してきたが、外資系の進出で風向きが変わった。ラグジュアリーホテルの供給はしばらく続く」(千野社長)
実際、20年11月時点で国内のラグジュアリーホテルは、平均客室単価で前年比90%、客室稼働率で同60%まで回復した。その流れをけん引したのが国内の富裕層だ。GO TO トラベルキャンペーンが再開すれば、国内の観光需要が増え、22年春には国内旅行客の8割が戻ると見ている。
「全世界が19年の水準に戻るのは3年後の24年ごろ。日本国内については、中国沿岸部、台湾、韓国、香港などインバウンドの8割を占めるアジア地域の富裕層が集団免疫を獲得するとされる23年春に戻る」(千野社長)と予測する。
観光庁の19年の宿泊旅行統計調査によると、延べ宿泊者数は5億9592万人泊で、その8割が日本人によるもの。残りの約1億1500万人泊がコロナ禍で消滅した外国人宿泊者ということになる。ただ、海外旅行する日本人の延べ宿泊者数も、コロナ禍以前は年間1億人泊だったことから、消えたインバウンドを日本人旅行客で穴埋めすることは可能だ。苦境に陥ったホテル・観光業界を立て直すには、国内観光客の需要喚起が喫緊の課題となっている。
大阪では、梅田と至近距離にある堂島エリアに、24年の竣工予定で「フォーシーズンズホテル」が初進出する。不動産大手の東京建物とシンガポールのホテル プロパティーズ リミテッド(HPL)による住宅とホテルを中心とした超高層複合タワーに、178室の客室を有するホテルを開発する。
ラグジュアリーホテル市場について、東京建物の野村均社長執行役員は、「ホテルというのは長い目で見れば、安定した事業だと思う。インバウンドブームに乗ったホテルは供給過多という捉え方もあるが、日本では高級ホテルが足りていない」と話す。
25年に向けて大阪・関西万博や統合型リゾート施設(IR)が計画されている大阪や根強い人気の京都は、コロナ禍にあっても観光都市としてのポテンシャルの高さが注目されている。マーケットの規模や変化に対応しながらも、アフターコロナを見据えた高級ホテルの開発はしばらく続きそうだ。
最終更新日:5/24(月)6:00 日経クロストレンド