2012年末に生産終了がアナウンスされ、2021年6月にも生産終了すると見られていた、ホンダの軽トラ、アクティだが、2021年4月に前倒しされて生産を終えていたことがわかった。
アクティは実に44年の歴史を持つ、ホンダの軽トラック。スバルサンバーに続いて、なぜ生産を終えることになったのか? なにか裏事情があるのか、モータージャーナリストの渡辺陽一郎氏が解説する。
文/渡辺陽一郎
写真/ベストカーweb編集部 ホンダ
2020年度におけるアクティトラックの売れ行きにも注目したい。2019年は前述の1万5268台に留まったが、2020年度は2万2191台に増えた。
キャリイやハイゼットトラックには及ばないが、2019年の1.5倍に達する。2019年の末に生産終了が伝えられると、注文を入れるユーザーが相次いだ。
つまりアクティトラックを惜しむユーザーは少なくない。この点もホンダの販売店に尋ねた。「長年にわたりアクティトラックを使っていただいたお客様は、生産終了が伝えられると注文を入れてくださった。それでも後継車種は開発されないため、アクティトラックのお客様は、やがてホンダを離れていく」。
この損失は大きい。アクティトラックは軽自動車でも商用車だから、複数の車両を使う法人もある。販売店は大口の顧客を失う心配が生じる。
またアクティトラックと併せて、営業車としてコンパクトカーのフィットなどを所有する法人もある。仮にアクティトラックのユーザーがキャリイに乗り替えて、スズキの販売店がその法人の営業に力を入れると、それまで使ってきたフィットがスズキスイフトに変更される可能性もある。
このような顧客流出は、販売店やメーカーの損失に繋がるから、スバル、三菱、マツダなどは、軽自動車の開発と生産から撤退してもダイハツやスズキ製のOEM車を扱う。OEM車では、車両販売で得られる利益はきわめて少ないが、顧客流出の防止、車検や保険などの継続でメリットを得られる。
ホンダの販売店では「アクティトラックが生産を終えるなら、スズキやダイハツのOEM車でも良いから導入してくれると嬉しい。
しかしホンダの方針を考えると無理だろう」という。個性的な商品を開発するのはホンダの強みだが、その代わり今は、他社の商品を扱うことは考えにくい。このあたりにもホンダの難しさがある。
軽自動車は前述の通り薄利多売だ。しかも基本的に日本独自の規格で、海外向けの車種と完全に共通化するのは難しい。小型/普通車と軽自動車を両方とも手掛けるのは負担が大きく、スバルは軽自動車の開発や製造をやめた。
逆にホンダや日産は、両方の開発と生産を行う。ホンダはアクティトラックの売れ行きを下げながらも、2020年度の軽自動車届け出台数は、国内で売られたホンダ車の53%に達した。日産も国内販売の43%を軽自動車が占める。
軽自動車は薄利多売で、なおかつ今の売れ筋カテゴリーだから、軽自動車を扱うとなれば販売比率が必然的に増えてしまう。いい換えれば車両販売では儲からない割に、小型/普通車の需要を吸収するから、メーカーは軽自動車の車種数をあまり増やしたくない。アクティトラックを廃止した背景には、このような軽自動車の事情も絡む。
今後はS660の生産も2022年3月に終了するから(受注は2021年3月に締め切った)、ホンダの軽自動車は、プラットフォームなどを共通化したNシリーズのみに統合される。軽自動車に向けた投資をスリム化するわけだ。
アクティトラックを廃止した背景には、軽トラック市場の縮小もある。1990年には、軽トラックの届け出総数は43万2918台であった。それが2000年には27万9630台に下がり、2010年は21万9620台、2020年は17万5150台まで減っている。
つまり2020年の軽トラックの届け出台数は、1990年の40%と低迷する。過去30年間で、軽トラックは60%の需要を失った。
この背景にあるのは、農業就業人口の大幅な減少だ。1990年の農業就業人口は565万人だったが、2000年には389万人に減り、2010年は261万人、2020年は145万人となった。今の農業就業人口は30年前の26%で、74%減少している。前述の通り軽トラックも30年間で60%減ったから、農業就業人口の減少に伴って軽トラックの需要も下がった。
これは軽トラックにとって切実な課題で、売れ行きを保つには、農業を活性化させねばならない。この事情も視野に入れ、ダイハツは、農林水産省による「農業女子プロジェクト」に参画した。農業を活性化させるため、農業を手掛ける女性に焦点を合わせたプロジェクトだ。
その一環として、アクティトラックにはオレンジ色やローズの外装色を選べるカラーパック、メッキグリルなどの装飾を含んだスタイリッシュパック、スーパーUV&IRカットガラスなどをセットにしたビューティパック等の女性向けアイテムを充実させている。
軽トラックは切実なニーズに支えられる商品だから、時にはクルマのメーカーが、商品開発の面から顧客の産業を活性化する支援も行う。
そこに仕事のツールに徹した軽トラックの醍醐味がある。2020年度におけるハイゼットトラックの生産台数は、前述のOEM車を加えると8万6908台だが、この売れ行きを達成した背景にはさまざまな苦労がある。
そこまで考えると、サンバーに続くアクティトラックの生産終了も理解できるが、優れた特徴を備える軽トラックだったから寂しい。アクティトラックはN360などと同様、ホンダの歴史に残る名車に違いない。
そしていつの日か、再び戻ってきてほしい。電動化という壁があるだろうが、軽トラックは日本の物流を支える一番身近で、最も立派なクルマであるからだ。
最終更新日:5/19(水)22:07 ベストカーWeb