人と人との接触が制限されるコロナ禍の中、社会全体で恋愛活動が停滞しつつある。デートスポットに閑古鳥が鳴くのは、緊急事態宣言に伴う外出制限だけが理由ではない。日本経済には少子化が重くのしかかるが「今は婚活すら困難」との声が上がる。
180度以上のパノラマで眼前に広がる駿河湾の絶景、展望デッキからはるか遠くに望む富士山の頂――。
伊豆・修善寺から車で約1時間、静岡県伊豆市にある「恋人岬」は、西伊豆を代表する観光スポットの1つだ。もともと「廻り崎」と呼ばれたこのエリアに旧土肥町が今の名を付けたのは1983年。以来、知名度が急上昇し、つい最近まで毎年約25万人の観光客を受け入れてきた。
だが、2021年4月中旬、現地を訪れると観光客はほぼ皆無。日中1時間以上、駐車場から岬の先端付近にある有名な「愛の鐘」まで約500mの遊歩道を何度か往復したが、ぽかぽかの陽気にかかわらず、数組の観光客とすれ違うだけだった。
人影がまばらなのは現地だけではなく、熱海から修善寺までの移動に使った特急踊り子号でも1車両最大72席中、人が座っているのは4席のみ。修善寺から恋人岬へのバスに至っては、途中から他に乗客が1人もいなくなった。
「コロナ禍の中では、観光地に人がいないのなんて当たり前」。こう思う人もいるかもしれないが、話はそう単純ではない。確かにコロナ禍は観光地に打撃を与えているものの、その影響は国民の“自粛疲れ”などを背景に一時期ほどではなくなっているからだ。
●西伊豆の代表スポット「恋人岬」が出遅れる理由
実際、緊急事態宣言が4月25日に1都2府1県に発令されたにもかかわらず、連休中の東京駅や羽田空港の人出は20年に比べて増加。東京駅では連休初日の東海道新幹線下り自由席の乗車率が最大60%に上るなど、10%以下だった昨年を大きく上回った。
関東近郊の高速道路でも20年はほとんどなかった20km超の渋滞が各所で発生。春以降、想定以上の人出でにぎわう観光スポットは増えている。
そう考えれば、他の観光名所同様、もっと客足が戻っていいはずの恋人岬。そうならないのはおそらく、恋人岬がただの絶景ポイントではなくその名の通り「恋愛中の人」をとことんターゲットにした観光スポットであるからだと思われる。
恋人岬という名は、この地に伝わる伝説に由来する。朝市で出会った福太郎とおよね。互いに引かれ合いながら遠く離れて暮らす二人は、神様からもらった鐘を持ち合い、福太郎が漁船で沖を通るたびにおよねが岬に立ち、鐘を鳴らし合うことで愛を確かめた──。そんな話をベースにして設計された名所だけに、今も恋人岬はとにかく「恋人たちが愛を確かめ合う仕掛け」であふれている。
訪れた者を出迎えるのは「こいびとみさき」と書かれた駅の標識風看板。行き先には「けっこん」とある。「手をつなぐみち」をくだり展望デッキに向かうと現れるのは、福太郎とおよねの鐘をモチーフに作られた「愛の鐘」。相手の名を口にしながら3回鳴らすと願いが成就するという設定だ。売店では特製の「恋人宣言証明書」も発行してもらえる。
こうした“恋人たちの聖地”系観光施設の集客に重要なのは「コロナ禍の外出制限緩和」ではない。むしろ影響を及ぼすのは、「恋愛中の人」の数。当然と言えば当然だが、コロナ禍がどうあろうと恋人たちがいなければ“恋人たちの聖地”に人は集まらないのだ。
では、日本の恋愛人口は今、どんな状況にあるのか。「ただでさえ人口減少が進んでいる中、人と人との接触が制限されるコロナ禍とあっては、社会全体の恋愛人口も増えにくい」。「格差社会」や「パラサイト・シングル」などの言葉を生み出してきた社会学者、中央大学の山田昌弘教授はこう指摘する。
国立社会保障・人口問題研究所が15年、交際相手を持つ18~34歳の未婚者を対象に実施した調査によれば、出会ったきっかけは「学校」が1位で(男性27.8%、女性23.7%)、さらに「友人・兄弟姉妹を通じて」(男性20.7%、女性20.9%)、「職場や仕事で」(男性18.5%、女性21.5%)の比率が高い(15年「第15回出生動向基本調査」)。「いわば日本における2大出会いの場である学校と職場がコロナ禍でオンライン化されたことで、恋愛が生まれる場所が一気に減った」(山田氏)
●コロナ禍でとことん減る「出会いの場」
大学に限って言えば、20年春以降、サークル活動も停滞し、ゼミの共同研究もネット経由が原則になった。21年度に入り多くの大学では授業の半分程度が対面となったものの、教室も図書館もソーシャル・ディスタンスが徹底され、気になる相手がいても会話すら困難だ。仮に恋愛感情が芽生えても、それを育むデートや旅行もコロナ禍では簡単ではない。
減っているのは“日常生活での出会い”だけではない。全国の街コンや婚活パーティー情報を掲載しているポータルサイト「街コンまとめ」の調べによると、20年に全国で開催された関連イベントはオンラインも含めて6万8000件あまり。19年の約9万5000件を大きく下回った。
かねて指摘されていた日本における恋愛人口の縮小。コロナ禍前の19年にリクルートブライダル総研が全国2400人の未婚男女を対象に実施した調査によれば、恋人がいない人は約7割だった。男性20代では約4割に交際経験自体がなかった。
そうした状況は感染症まん延の中で一段と進み、いまや「恋愛を始める人自体が極めて少ない社会」になっている可能性すらある、というわけだ。
こうした仮説に立てば、“恋人たちの聖地”系施設への客足が一般の観光名所ほど戻らないのも当たり前ということになる。神奈川県平塚市のデートスポット、湘南平(高麗山公園)も訪れてみたが、状況は恋人岬と変わらない。
山の上から大磯の街並みと相模湾を見渡せる絶景ポイントだが、シンボルのテレビ塔の周りはカラスだらけ。名物である、展望台のフェンスに互いの名前を書いた南京錠をかけに来るカップルは日中1時間待機して1組だけだった。
もちろん、非接触の環境だからといって恋愛が絶対に始まらないわけではない。
コロナ禍が本格化した20年3月、米国からこんなニュースが伝わった。ニューヨーク在住のジェレミー・コーエン氏は外出禁止令が発令される中、向かいのビルの屋上で踊っているトリ・シグナレラさんにひと目ぼれした。コーエン氏は連絡を書いたメモをドローンで送付。やり取りの後、巨大な風船の中に入りシグナレラさんに会いに行ったという。
だが日本では、今のところ、意中の相手へのメッセージを運ぶドローンも飛んでいなければ、風船に入って歩いている人もいない。むしろ本誌が取材する限り、特定の相手がいない独身者の大半はコロナ禍以降、恋愛も婚活もかつてなく停滞しているのが現実だ。
●「たとえ出会えても仲が深まらない」
「コロナのせいでただでさえ少なかった出会いの場が完全になくなった」と、ため息交じりに語るのは都内に住む31歳の男性会社員。職場ではリモートワークは導入されていないが、飲み会などは自粛されており、女性と親しくなる機会は失われている。社外の友人に女性を紹介してもらうこともなくなった。
化粧品会社に勤務する名古屋市在住の28歳男性はコロナ禍を機にマッチングアプリの利用をやめた。「感染リスクをお互い恐れ、実際に会うところまで発展しなくなった」のが理由だ。一方、システム会社に勤める東京都練馬区在住の27歳女性は辛抱強く婚活を続けているが、「お酒を飲む機会などがなく、たとえ出会えても仲が深まらない」と打ち明ける。
学生も状況は同様だ。有名私大の商学部2年の男性は、入学した20年度の1年間、ほとんどの授業がオンライン上で実施された。学内でも随一の歴史を誇る「広告研究会」の門をたたいたが、活動はほとんどがZoom上で進み、ひそかに期待していた出会いなどなかった。
都内私大4年の女性は「出会いがなく新しいカップルが生まれないだけでなく、コロナ禍での非接触によって、もともと相手がいた人も続々別れている」と証言する。
人との接触が制限される環境で進行している可能性が高い日本社会における「恋愛の停止」。それが日本経済にもたらす影響は、“恋人たちの聖地”系施設の不振にとどまらない。
最終更新日:5/11(火)17:08 日経ビジネス