「かに道楽」ルーツは兵庫?

日本海のズワイガニ漁が6日解禁され、待ちに待ったマツバガニ(ズワイガニ雄)料理のシーズンがやってきた。カニ料理といえば、脚の“負傷”で話題になった大阪・道頓堀の飲食店「かに道楽」を思い浮かべる人も多いかもしれない。「とれとれぴちぴちカニ料理~」のメロディーと、巨大な看板。食い倒れのまち大阪の顔にもなっているが、実は大阪発祥の店ではない。それでは、みなさまにカニ料理のうんちくを披露しましょう。



 ルーツは、道頓堀から北に175キロ、車で約3時間の日本海に面した兵庫県豊岡市の水族館「城崎マリンワールド」にある。「かに道楽」は、水族館を経営する「日和山観光」のグループ会社だ。

 1958(昭和33)年、日和山観光の創業者今津文治郎氏の8人兄弟の末弟、芳雄氏が、地元で経営していたホテル「金波楼」に客を呼び込むため、道頓堀近くにホテルの案内所を設けたことが始まり。そこに海鮮料理を提供する食堂「千石船」を併設した。

 当初は「食い倒れのまちで埋もれて鳴かず飛ばず」だったそうだ。悩んだ揚げ句、日本海のカニを使った鍋料理を考え出した。当時、大阪で名物になっていた「うどんすき」に便乗し、「かにすき」として売り出すと、店の前には大行列ができた。冷凍保存する方法も開発し、日本海のおいしいカニを大阪で食べられる流通を作り出した。

 そしていよいよ1962年、道頓堀に「かに道楽」がオープンした。

■やるなら目立て。苦労人魂がかけた思い

 今津家はもとは鮮魚店で、芳雄氏は幼い頃から兄の文治郎氏に教わりながら鮮魚の行商をし、大八車にカニを山のように盛って売り歩いていたという。そんな苦労人の開拓精神は激しく強い。「やるなら目立て」と考えたのが、あの看板だった。

 当時からカニの脚を動かすカラクリで、ど派手で巨大な看板は多くの人の目を引いた。現在の看板は96年に付け替えた3代目(横約8メートル、縦約3・6メートル)。「白地に赤いカニは日の丸を想起させ、戦後の経済成長を踏ん張る日本人に元気を与えたようだ」。文治郎氏のひ孫にあたる、現在の金波楼総支配人の今津一也さん(53)が教えてくれた。

 そもそもなぜ大阪の超一等地に開店できたのか。それはこれまでに築き上げてきた人とのつながりだったという。当時はカステラ店だったが、芳雄氏が、軒先でカニを売らしてほしいと頼み込んだ。すると偶然、その建物を所有する不動産業者が、金波楼の常連だった。そこで軒先といわず、出店しないかと逆提案された。

 とはいえ、超一等地で、エレベーターも完備されていた立派な建物。芳雄氏は文治郎氏とも相談し、多額の資金を投じる腹を決めた。店名には「カニでもうけさせてもらったから、カニで思いっきり、道楽をしてみたい」との思いが込められている。捨て身の覚悟とも、無謀ともいえる熱意だった。

 「とれとれぴちぴち~」でおなじみのキダ・タローさん作曲のCMは68年から放映され、初代CMには芳雄氏本人も登場した。


■城崎温泉にも恩恵。「カニが客を連れて里帰りしてきた」

 こうして「大阪の顔」として知れ渡ったかに道楽の成功は、地元にも恩恵をもたらした。

 カニ好きが高じ、ズワイガニにまつわる歴史や文化を研究する関西学院大学大学院の研究員広尾克子さん(71)が、2019年に発行したエッセー本「カニという道楽 ズワイガニと日本人の物語」で明らかにしている。

 広尾さんはかに道楽を「都市にカニを知らしめたパイオニア」と評し、その影響は、各地のカニ産地を訪ねる「カニツーリズム」に発展していることにも注目する。

 城崎マリンワールドのすぐ近く、城崎温泉も例外ではない。かに道楽でカニ食が脚光を浴び始めた1970年ごろ、城崎温泉では、暴力団排除が進んだ一方、風俗店が一掃されたため、団体の男性客が激減。指揮を執った旅館組合の理事長が責任を取って辞任するほど、城崎は苦難の時期を迎えていた。

 そこに救世主として現れたのがカニだった。当時、カニは小鉢の酢あえで会席料理の脇役として添えられていた程度だったが、カニすきが導入されたことで客が戻り、女性客も家族連れもみなが温泉とカニを求めてやって来た。地元では「カニが客を連れて里帰りしてきた」と言われていた。

 広尾さんは「今ではぜいたく品として当たり前になってるけど、かに道楽の前は港の地面に転がっていて、見向きもされなかった。地元の宝を再発見し、広めた創業者の着眼点と根性がすごい。カニのおいしさは誰かがいつかは気付いただろうけど、かに道楽がなければ10年は遅れていたかも」としみじみ語る。


■原点でカニ育てるプロジェクト始まる

 ズワイガニは資源量が減少傾向で、但馬地域など地元漁師は国の基準以外にも漁獲制限や漁期短縮など、将来のために自主規制に取り組んでいる。

 そんななか、城崎マリンワールドでは、ズワイガニを人の手で育てるプロジェクトが進められている。ズワイガニは成体に成長するまで10年ほどかかるとされ、低水温での飼育が必要など養殖が難しいとされる。

 かに道楽のルーツとして社運をかけて-。というわけではないが、2017年春、ズワイガニを幼生から稚ガニに成長させられたことをきっかけに、飼育員ら有志メンバーで卵から成体へ育て上げる「カニプロジェクト」を発足させた。

 これまでさまざまな種類のカニの常設展示は行ってきたが、プロジェクトでは、バッグヤードの空き場所に水槽を設置し、成長段階に分けて飼育している。

 水深約200~400メートル付近に生息し、漁獲可能サイズの甲羅幅10・5センチ以上になるまでには10年かかるとされているが、深海と同等の低い水温を保ち続けるなど環境を維持するコストがかかりすぎるという。

 プロジェクトでは、18年1月にふ化した幼生が約800も稚ガニに成長。毎年ふ化する数も生存数もばらつきがあり、個体の生命力などによって淘汰され本年度までの生存数は18個体。最大サイズは、1年半で甲羅が2・5センチに成長した個体だったが、死んでしまったという。

 清水亜朱沙飼育員は「成長を早められるかもしれないと水温を自然界よりも少し高く設定しているが、脱皮頻度が上がってもサイズがあまり大きくなっていない」と頭を痛め、「自然界では共食いして大きくなるようなので、漁で取ったカニの折れた脚などをあげると成長するかな」。

 9日からは飼育方法などを紹介する展示が始まる。

     ◇

 以上、カニをめぐる長い長い物語。派手なだけじゃない巨大カニ看板、これから見る目が変わりそう。ああ、早くカニすき食べたい。(石川 翠)

最終更新日:11/8(日)14:00 神戸新聞NEXT

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6375889

その他の新着トピック