バイトなくなり苦悩 20代の諦観

2021年4月、新型コロナウイルスによる3回目の緊急事態宣言が発令された。走り抜けるフードデリバリー配達員の姿も、すっかり今では珍しくなくなった。色々と批判も多いフードデリバリーだが、雇用の調整弁にされている非正規労働者たちの駆け込み先としての側面があるのは否めない。俳人で著作家の日野百草氏が、失ったバイト収入の代わりにと急遽、配達員を始めた若者の困窮と諦観についてレポートする。

トリキさんは学生ではない。地方の私立大学を卒業後、新卒で就職した会社を数年で辞めた後はフリーターで生活してきたという。

「去年までカラオケ店も掛け持ちしてたんですよ。でも社員でまわすからバイトはいらないってクビです。他探そうとは思ってたけどコロナで下手に動いてもって感じで、ひとまず居酒屋だけにしてたんです」

誰もが夢を叶えて食えるわけもないし、誰もが夢を持つ必要なんて本来ない。日本の学校教育の悪しき慣習こそ夢の強制である。生き方を教えず夢を強制する。世間知らずの教師の自己陶酔が子供たちを夢の奴隷にする。お花畑の無責任な夢の肯定でごまかす。とくに中高年の教師はイデオロギーにまみれた連中もいてやっかいだ。「みんな夢を持ちましょう」「それでは夢を発表してください」―― 生き方の伴わない夢を強制することは、それこそ将来的な夢の成就の妨げである。

「シフトも(緊急事態宣言後は)さらに減りそうですし、サラリーマンに戻るのも、そろそろかなと思ってました」

 長引きそうなコロナ禍である。夢はひとまず置いて、正社員で再就職という「一時避難」は賢明だ。フリーターでも40歳過ぎの中高年男性は厳しいが、20代大卒男子ならなんとかなる可能性は高い。実際、20代を対象にした求人熱はこのコロナ禍でも高いまま、これにより40代から上の中高年は蚊帳の外だ。新卒という新車が一番欲しいが、ワンオーナーくらいの中古車もまた手ごろでいい。しかし40代、50代でも経験や実績というプレミアのついた旧車ならともかく、未経験で価値のない旧車はいらないというのが経営者のリアルだ。例えばの話だが、こういうことを平気で口にする銀行幹部は普通にいる。こういう現実も学校は教えてくれない。

「いますぐは無理ですけど、言われたとおり再就職、考えます」

 雇用の格差はこれからさらに広がる。非正規の大半は休業手当も貰えず補助金も降ってこない。厚労省は今年一月中旬の緊急事態宣言再発令でとくに悪質な大手25社に休業手当を支払うように文書で要請したが、全社が拒否した。多くはトリキさんのバイト先である居酒屋を始めとした飲食チェーンだった。

「俺も払われてません。でも店も苦しいから、それは仕方ないなと思ってます。コロナとか出てないんですけどね、社員さんもかわいそうです」

 会社も大概だが前述の通り、外食産業は苦しい経営どころか存亡の危機だ。多くの店はクラスターなんか出していない。出しているかもしれないが、決めつけられないし決めつけられる側からしたらたまったものではない。窮してなのか悪辣なのか、被雇用者に対して支払われることが前提の休業支援金・給付金を一円も渡さず丸パクリしている店もあるという。それでも非正規の大半はシフトの確保のほうが大事、文句は言わないのだろう。そもそも、国が昨年のように全員に10万円を渡せば済む話なのに。

「あの10万円は助かりました。今回も貰えれば、家でおとなしくしてました」

 そう、国はそんなまどろっこしいことをしていないで国民一人あたり10万円、特別定額給付金をまた配ればよかったのだ。トリキさんの言うように非正規はゴールデンウィークを食い凌ぐことができるし、それこそ外出自粛の一助となる。金持ちはどうする、借金を増やすのかという問題は今に始まった話でなく、いつまでも改善する気のない日本の税制の不平等によるものであり、この件とはまた別個の話である。生活保護にまで追い詰められるような層は補正予算含め福祉問題として対策されているが、トリキさんのような一般の低所得労働者は後回しになっている。彼らにこそ10万円が必要だ。

 その後、どんな仕事がいいだろうかと話しているうち、トリキさんのスマホがようやく鳴った。リクエストだ。「よかったあ!」と素直に喜ぶトリキさん。いろいろ言われているフードデリバリーサービス、筆者もこれまで問題点を幾度となく指摘してきたが、こうした人にとって幾ばくかの救いになっていることは確かだ。

 日本国民は本当に優秀で、このコロナ禍もよく堪えている。マスクごときで暴れるようなごく一部の跳ね返り者はいるが、アメリカ(死者50万人)やブラジル(死者30万人)のとんでもない国に比べれば優等生だ。トリキさんだって何の補償もない状況では働かざるを得ないだけで、好き好んで外に出ているわけではない。そんな従順な国民につけ込んで政府は、お前らが感染を拡大させている、お前らが外に出るから、会食するから、酒を呑むから悪いと責任を押しつける。そのくせ日本中で聖火ランナーを走らせ、オリンピックで9万人のそのアメリカやブラジルを始めとした選手関係者を日本に入国させようとしている。ましてや貴重な看護師や看護学生を500人もオリンピックによこせと強要する様は令和のひめゆり部隊である。いったい国はなにをしたいのか。バカな大将、敵より怖い。

 もっともこの3回目の非常事態宣言、街の様子を見る限り、これまでほどは日本国民も協力する気はないようだ。すべてこの1年間、結果的に国はなにをしてきたのかという不信感と、本当に打つ気があるのかというワクチン接種のずさんぶりによるものだ。そして日本国民の命よりオリンピックと利権を優先する異常な連中の増長が、またぞろ日本を敗戦に導こうとしている。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、新俳句人連盟賞選外佳作、日本詩歌句随筆評論協会賞評論部門奨励賞受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)、『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太に愛されたコミュニスト俳人 』(コールサック社)6月刊行予定。

最終更新日:5/4(火)20:23 NEWSポストセブン

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6392433

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