天国から地獄 黒門市場の反省

新型コロナウイルス感染拡大で大きな打撃を受けている観光業界。政府は2030年に訪日外国人観光客を6000万人にするという目標を堅持しているが、コロナ後もこれまでと同じ手法でいいのだろうか。「インバウンド(訪日外国人客)集客の成功例」から一転、シャッターが目立つようになった大阪・黒門市場(大阪市中央区)の「反省」から、コロナ後の観光を考えた。【毎日新聞経済プレミア・小坂 剛志】



 ◇コロナで「天国から地獄」

 「もう天国から地獄ですよ。ほんまに人が歩いてないんですから」。黒門市場商店街振興組合の吉田清純さん(72)があきらめたように話した。「天下の台所」として知られ、大阪の食を支えてきた黒門市場。11年ごろから訪日客が増え始め、店頭で刺し身や牛串を売る「食べ歩き」のスタイルが人気を集めた。

 5年前、黒門市場を取材した時はインバウンド特需に沸き、平日の朝でもスーツケースを手にした訪日客らであふれていた。通行者数は1日当たり3万人に上り、通りをすれ違うことが難しいほどだった。店先でフグの刺し身を頰張る訪日客もおり、次々と新しい店が進出した。訪日客の急増に対応するため、吉田さんらはトイレ付きの休憩所を設置。菅義偉首相が官房長官時代には視察に訪れ、まさに「インバウンド集客の成功例」だった。

 ◇遠のいた日本人の客足

 だが、新型コロナの感染拡大によって商店街の風景は一変。5年ぶりに歩いた通りは「テナント募集」と張り出されたシャッターが目立つようになっていた。痛手だったのは、訪日客が消えたことだけではなく、想像以上に日本人の客足が商店街から遠のいていたことだった。

 「黒門に行っても外国人ばかり」「人が多くて品定めができへん」――。訪日客でにぎわっていた頃、吉田さんにはこんな日本人客の不満も聞こえてきていた。だが、急増する訪日客ばかりに目が行き、地域住民への十分な配慮ができていなかった。いつの間にか訪日客中心の商店街となり、吉田さんは「めちゃくちゃ反省点がある」と振り返る。

 コロナ禍の中、商店街は再び日本人客に目を向けてもらおうと、店の特色を紹介する動画を作ったり、お買い得な「ワンコイン市」を開いたりしている。今後はインターネットを活用して、近隣への商品配達も検討しているという。吉田さんは「インバウンドが戻ってきても同じことを繰り返したらだめ。近くの日本人客を大事にするためのルール作りを考え、伝統ある黒門を守らないといけない」と話す。

 ◇見直し迫られる政府の観光戦略

 訪日客誘致を柱とした「観光立国」は政府の成長戦略の柱だ。「訪日客6000万人」という数値目標を掲げ、ビザの発給要件を緩和し、免税制度を拡充。12年に836万人だった訪日客は19年に3188万人に増えた。だが、訪日客が急増した各地の観光地では、地域住民とのひずみも生じていた。東京や大阪などでは民泊を巡る住民トラブルが相次ぎ、京都では一部の訪日客のマナー違反や極度の混雑といった「オーバーツーリズム」が問題となった。

 観光・インバウンド専門のコンサルティング会社「やまとごころ」(東京)の村山慶輔代表は、コロナ後の観光には地域社会や環境を守りながら観光客を受け入れる「サステナブルツーリズム(持続可能な観光)」という視点が必要だと指摘する。サステナブルツーリズムは世界的に注目されており、オーストリア・ウィーンでは観光戦略の目標に客数は掲げず、地域住民の観光に対する意識や、宿泊から得られる収益の向上などを目指しているという。

 村山代表は「これまでの日本は、訪日客数や訪日外国人のリピート率などに重点を置いていた。コロナ禍を機に、受け入れる側である地域住民の満足度といった視点も盛り込むべきだ」と話した。

最終更新日:4/12(月)15:36 毎日新聞

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6390418

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