「夢のよう」広がる2拠点生活

新型コロナウイルス感染症の拡大でワーキングスタイルは大きく変わった。東京、大阪、福岡、名古屋など都市部を中心にビジネスパーソンのリモートワークが普及し、“おうち”以外にも生活や仕事の拠点がある「2拠点生活」もじわじわ広がっている。「ワーケーション」(ワークとバケーション)という造語にみられるように、地方の観光産業にとってもインパクトが大きい。千葉県の房総半島南部にある複合施設から、ウィズコロナ時代の新しい働き方と観光への可能性を探ってみた。【真田祐里】



 東京都心から車で約2時間。南房総市の白浜地区(旧白浜町)は房総半島の南端に位置する。

 海岸の手前で横道に入ると、右手の外壁に子どもが描いたような可愛らしい絵が現れた。イルカに乗った子どもや魚、鳥、花……。南国風の木に囲まれた門をくぐった先に、平屋建ての木造校舎が建つ。

 廃校を利用した複合施設「シラハマ校舎」で、現在はシェアオフィスや宿泊施設、レストランが入る。10部屋の教室は、賃貸オフィスになっていて、単純にオフィス代わりに使う人もいれば、教室で整骨院やサーフショップを営む人もいる。日中は教室で働き、夜は校舎内で寝泊まりする。このほか、貸会議室やコワーキングスペースもある。

 「(今の生活は)夢のような生活だと思っていた」

 一室をオフィス利用する千葉市の男性会社員(52)は話す。東京都内のメーカー勤務だが、新型コロナの影響で出勤は週1日になり、平日の半分をここで過ごしている。

 朝は趣味のサーフィン、昼間はテレワーク――。自宅で在宅勤務をすることもあるが、区切りのない生活にストレスを感じていた。

 「ここに来ればサーフィンもできるし、廊下に出て歩いたり、海に散歩に行ったりすることもできる」

 ◇廃小学校と幼稚園改修

 施設は、2011年に役目を終えた南房総市立長尾小と同市立長尾幼稚園を改修した。築69年だが、黒塗りの壁はスタイリッシュだ。週末の滞在施設として利用されることが多かったが、コロナ禍で平日のオフィス利用が増えた。

 都会と田舎に拠点を構えて行き来する「2拠点生活」や、休暇先で仕事をする「ワーケーション」としての需要が高まったためだ。

 週末だけ家族で過ごしたり、一人で働きに来たりと利用方法は十人十色だ。

 施設を運営しているのは多田朋和さん(43)と佳世子さん(45)夫妻だ。佳世子さんが言う。

 「生活スタイルが多様で、言葉でくくれない。(ここに拠点を置いている人は)お客さんというより、この町の住人になっています」

 佳世子さんは旧白浜町出身で、「シラハマ校舎」になった長尾小の卒業生でもある。

 かつては東京都内で外資系の金融会社に勤め、週末は地元で過ごす2拠点生活をしていた。実家近くで、シェアハウスやカフェなどの複合施設を運営していた朋和さんと結婚し、出産を機にUターンした。

 転機は朋和さんが営んでいた複合施設の建物の老朽化だった。11年に長尾小と幼稚園が廃校になると、建物にほれこんでいた朋和さんが市の公募に手を挙げたのだ。

 コストを抑えるため、地元の工務店の協力を得ながらもほとんどを朋和さん一人で改修したという。16年に宿泊施設とオフィススペースのみオープンし、17年にレストランも完成した。佳世子さんが話す。

 「人口減で高齢化の進んでいる町なので、収益の柱が3本ないとやっていけないと考えた」

 校庭には、6畳一間の黒塗りの小屋が18棟ある。良品計画(東京都豊島区)が提供する「無印良品の小屋」で、購入者は「セカンドハウス」として好きなときに使える。シラハマ校舎のキッチンやトイレ、シャワーが使え、週末はオーナーが家族連れで遊びに来るという。

 レストランはかつて幼稚園舎の多目的室だった。4人掛けのテーブル六つにカウンター席、共有キッチンなどがあり、広々としている。地元の新鮮な食材を使って、朋和さんが腕を振るう。人気メニューは名産のイセエビを使ったパエリアやカレーで、地元の乳製品を使った佳世子さんの手作りデザートも好評だ。

 ◇子どものためにキッズスクール

 こうした複合的なスタイルから、多種多様な目的の人が訪れる。地元の人が整骨院を利用したり、小屋の利用者同士で夕飯を食べたりして、地域内外の交流も生まれている。このコミュニティーづくりが評価され、17年にはグッドデザイン賞も受賞した。

 コロナ禍で「ワーケーション」が注目を集めたが、新たな課題も見えてきた。子連れで来ると、仕事中に遊んだり勉強を見たりすることができない人が出てきたのだ。施設を運営する佳世子さんは「両親で交代して子守をしていても、2人とも同時に会議に入ると、誰も子どもの面倒を見る人がいない時間が出てきた」と話す。

 そこで、始めたのが幼稚園児から小学生を対象にした「シラハマ・キッズスクール」だ。地元の塾講師、網代剛さん(53)が子どもに勉強を教える。絵本やおはじき、簡単なプログラミングを使って数学などを学べるという。網代さんが言う。

 「南房総では学校の統廃合が進んでいる。一度は子どもたちがいなくなった校舎だけれど、また子どもたちが戻ってきて、昔の寺子屋のように家庭学習の支援をしていけたら」

 ここは2拠点生活の利用者が多いが、サーファーや釣り目当ての観光客の宿泊地としての需要も高い。二つある宿泊部屋はしゃれたインテリアが特徴だ。米国で使われていたアンティーク机や、幾つもの電球が付いたハリウッドミラーなど、映画のセットのよう。実は小学校のコンピューター室だったという。

 最低料金は2人以上の利用で、1人1泊5000円と値ごろ感もある。

 昨年できた宿泊用の別館は、校舎から400メートルほど離れた場所にある。海岸から徒歩1分の好立地で、元町医者の邸宅を買い取って改装した。煙突付きのレンガ造り2階建てで、屋内には吹き抜けや暖炉がある。6部屋中2部屋はシェアハウスのように住むこともできる。

 住む、泊まる、学ぶ、食べる、働く……。生活のすべてがそろう。そんな理想を掲げて、時間をかけて一つ一つ実現してきた。佳世子さんたちは、これからも新しい施設やサービスを充実させていきたいという。

 「一人一人に個人の幸せを追求してもらえる場所にしたい」

 ◇シラハマ校舎

 千葉県南房総市白浜町滝口5185の1。富津館山道路の富浦インターチェンジから車で30分。またはJR館山駅からJRバス安房白浜行きに乗車し、「坊田」で下車して徒歩2分。問い合わせはシラハマ校舎ホームページ(https://www.awashirahama.com/nagao/index.html)まで。

最終更新日:3/24(水)17:37 毎日新聞

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6388653

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