AOKI 激安スーツで再起なるか

卒業、入学、入社、就活スタートと春は何かと行事が多い。1都3県を対象とした緊急事態宣言は2週間延期されたものの、条件付きでこれら社会行事を行う所もあるだろう。例年であればスーツ業界にとって書き入れ時であるのだが、今年はいつもと様子が違う。リモートワークの普及とともに「常時オフィス出勤」というこれまでの常識が通じない現在、ビジネススーツ業界にも新しい潮流がうまれて来ている。



 2月に入ってビジネススーツ業界に大きなインパクトを与えたのは、ワークマンのビジネスセットアップ「リバーシブルワークスーツ」だ。ジャケットが2900円(税込、以下同)でパンツが1900円と、上下合わせて5000円以下という安さ。しかも上着が作業用ジャケットになるというリバーシブル仕様となっている。実際2900円のジャケットは安い。しかし、リバーシブル側の作業デザインは、正直言ってかなり見苦しい。レビューコメントにもあったが、生地の薄さから考えても実用的ではないという指摘もあって、ご愛嬌程度の付加価値しかない。

 それでも全体のコストパフォーマンスで考えると、ストレッチの効いたパンツのウエスバンド裏部分には4カ所にズレを防止する「ネーム」も付き、所々にジップポケットが施された仕様は優れている。好調ワークマン初のビジネスセットアップの発売は大いに注目を集め、発売数日で完売御礼という盛況に終わった。

 その一方で、本家本元のビジネススーツ専門店大手のAOKIが打ち出したのが「アクティブワークスーツ」。こちらも1着4800円とワークマンに対抗した価格設定だ。オンラインで実施した2回の予約販売も完売という状況で、3回目を3月4日から受け付けている。店頭に供給できる商品量の確保まで至らず、現状ではオンラインのみの販売といった形だ。

 さて、これら5000円以下でそろう激安セットアップスーツが意味するものとは、一体何だろう。少し過去を振り返りながら、今日の激安セットアップスーツ対決について考えてみたい。

そもそも、ビジネススーツ業界に新風を吹き込んだのはユニクロだと思う。2014年に発売したのが、プロゴルファーのアダムスコットが監修した、夏のゴルフ用スラックス「ドライストレッチパンツ」だ。速乾性に優れ、ストレッチが効いて穿き心地も良い。しかも見た目にもエレガントな表情である事からビジネスウェアとして着用する人が増えていった。

 口コミによる広がりもあって、現在の「感動パンツ」とネーミングを変更し大ヒットにつながったのが17年のこと。それまでカジュアル専業だったユニクロが本格的なビジネススーツ市場へ参入するきっかけ作りにもなった。

 「感動パンツ」の穿き心地の良さを実感させたものは「新合繊」と呼ばれる素材技術によるところが大きかった。16年頃にはアパレル専門各社でも、スポーツ・アウトドアブランドが採用していた東レのストレッチ繊維「Flexskin Plus」「FITTY」「Dot Air」といった素材を使ったセットアップが多数登場した。

 ユニクロの「感動パンツ」などが採用した新合繊を供給したのが東レ。その後巻き返しを図るかのように新合繊が帝人からも登場。今回のワークマンが使った「SOLOTEX」は帝人の代表格だ。日本の2大合繊メーカーによる開発競争無くして新合繊セットアップスーツの存在はない。

 これら「新合繊」を使ったセットアップスーツの特徴は、肩パッドの無いアンコンタイプのジャケットと、ウエスト部分がゴムなどで伸びるパンツを組み合わせたことだ。素材から仕様も含めた軽量さと、家で洗濯ができる手軽さも人気の理由と言える。よってドレスシャツやネクタイを締めたスタイルの「タイドアップ」より、カジュアルなシャツやTシャツとの相性の方が良い。そのため”新合繊セットアップスーツ”は面接やセレモニーなどのオフィシャルなシーンでは使いにくいし、ましてや新しい職場にいきなり着ていくスーツとしてはお勧めできない。

働く戦闘服としての役割を長らく担ってきたビジネススーツの歴史は古い。日本には明治維新後の洋装化の1つとして導入された。特に1872年に福沢諭吉が慶應義塾内に設立した「衣服仕立局」は日本人の洋装化をけん引した。その当時はもちろん既製品はなく、先に洋装化を取り入れたのは政府高官や一部の富裕層で、一般人が手にしたのは戦後の話である。

 この歴史あるビジネススーツはフルオーダーを頂点に、既成の型紙からサイズを調整する「イージーオーダー」と、既成サンプルから手掛ける「パターンオーダー」とがある。社会的地位や装いへの強いこだわりがある人にとって、自分の体形にあった一着は最高峰のビジネススーツでもある。

 ビジネススーツの既製品化が進んだ今でも、ビジネススーツ専門店ではY、A、AB、BB、Eとフィット感とシルエットが選べ、2~9号と身長に合わせたサイズ選びを可能としている。既成品サイズと言えども、着る人の身長や体格にフットしたスーツ選びと、カジュアル専門店がXSから3XLを用意するのとでは、フィット感の選択肢が圧倒的に異なるのだ。

 しかし、言い換えると既製品ビジネススーツとカジュアルビジネススーツの歴然とした実力差が、ビジネススーツ専門業界全般としてのおごりとなり、ユニクロを始めとしたカジュアルセットアップへの対策と対応が遅れてしまったのかもしれない。事実、最大手の青山商事の早期希望退職希望者は600人を超え、全店の2割にあたる160店舗を閉店する。

 もともと職場のカジュアル化の流れがあった所に、今回のコロナ禍によってビジネススーツ業界は一層厳しくなっている。もちろん、リモートワークという新しい働き方が加わったことによる影響は大きい。働く戦闘服としてシーズンごとに買い替えをしてきた客層は、リモートワークという新しい働き方に変化している。いつまでも古い慣習にだけに囚われてていては生き残れない。

 ビジネススーツ専門店が百貨店の紳士服売り場から、ロードサイド型に専門特化して市場を奪取してきたように、今度は自分たちが異業種(カジュアル)からの参入によって、シェアを奪われかねないという崖っぷちの状態に陥っている。その危機感から、アクティブワークスーツという反転攻勢への一歩。巻き返せるパワーとこれからのビジネススーツへの在り方について新たな指標が築けるのか。今回集客できた客を離さない次の一手に注目したい。

最終更新日:3/10(水)17:53 ITmedia ビジネスオンライン

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6387319

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