文具大手コクヨが同業のぺんてるの子会社化断念を表明してから約1年が経過した。ノートに強いコクヨは、筆頭株主として筆記具に強いぺんてるとの協業を模索するが、株式取得の経緯がしこりとなり具体的な進展はなく、むしろぺんてるはコクヨの競合相手の文具大手プラスとの関係を深めている。新型コロナウイルスの感染拡大でオフィス向け需要が減少しており、コクヨはまず事業とデジタルの融合を進め成長を目指す。(山本考志)
■在宅勤務拡大で減収減益
「関係性をどう進めるかについて質問やテーマを投げていただき、真摯(しんし)に回答しながら協議している」
コクヨの黒田英邦社長は2月12日の令和2年12月期決算会見において、議決権ベースで全株式の約46%を保有するぺんてるとの関係についてこう述べた。
昨年2月の決算会見ではぺんてるへの敵対的買収による子会社化を断念したことを表明。1年間協議を続けたが、具体的な提携が進んでいない状況を黒田氏は明らかにした。
2年12月期の連結決算は売上高が前年比6・1%減の3006億円、最終利益が45・8%減の82億円で減収減益。在宅勤務の拡大で国内のオフィス家具や事務用品の需要が縮小した。海外事業はインドで学校再開が遅れ、需要回復に時間がかかるという。
持分法適用関連会社のぺんてるの業績不振で投資損失16億円も計上した。黒田氏は「先方(ぺんてる)もロックダウン(都市封鎖)が欧米であり、アジアにシフトするわれわれ以上にコロナのインパクトがあると拝察する」と説明。株式の大量保有が業績面の重しになった。
■善悪二元論で批判合戦
コクヨにとってぺんてるは理想の協業相手といえる。コクヨは「キャンパスノート」を筆頭にノート製品は強いが筆記具が弱く、海外展開は中国やインドなどアジアが中心。一方のぺんてるは昭和38年に水性フェルトペン「サインペン」を発売し国内外でヒットさせるなど筆記具が強く、海外は欧米などで展開し、コクヨとの補完関係が見込めるからだ。
そこでコクヨは令和元年5月以降、非上場会社であるぺんてるの株式約38%を取得した。しかし、直前にこの事実を知らされたぺんてるは「青天の霹靂(へきれき)」と反発。以前から提携協議を進めていたプラスとの連携を水面下で深めた。
さらに、この動きを「内部からの通報」で察知したコクヨは同年11月、ぺんてるの株式を過半数まで取得して子会社化を目指すと表明。その後は両陣営が公然と批判し合いながら、株式の買い取りを進める多数派工作を展開した。
最終的にコクヨが全株式の46%まで買い進めたが、ぺんてるとプラスは合同会社を作り約30%を取得。一部の株主も味方につけ、子会社化を阻止する形となった。
企業の株主に対する多数派工作に詳しい市場関係者は一連の経緯を次のように批判する。
「コクヨとぺんてるは互いに(自らが善で、相手が悪とはっきり区別する)善悪二元論に立たず、それぞれが企業経営にどんなメリットを与えられるかを粛々と主張して世論の喚起を待つべきだった。しかし、互いに自らの『価値』を毀損(きそん)してしまった」
■デジタル強化に活路
当面、コクヨとぺんてるの溝は埋まりそうにない。ぺんてるが、着々とプラスとの協業を進めているからだ。昨年2月には両社の約100人体制で共同プロジェクトを発足し、製造・開発や国内、海外事業などの分野ごとに月数回のペースで協議。相手先ブランドでの生産(OEM)や電子商取引(EC)での共同事業を検討し昨年12月には中国で共同見本市を開催した。
ぺんてるは「令和3年は取り組みをさらに加速させ、両社の強みを生かした協業により互いの事業成長を目指す」とプラスとの蜜月ぶりをアピールする。
現在、コクヨはぺんてる株の買い増しも売却もしない立場で、協業の検討は膠着(こうちゃく)している。しかし、コクヨも成長戦略を止めるわけにはいかない。少子化を背景に国内の市場環境は厳しく、コロナ禍もあり手を打たなければ業績は悪化する一方だからだ。
そこで矢継ぎ早に強化しているのがデジタル・トランスフォーメーション(DX)戦略。2月には中高生向けスマホアプリ「Clear」(クリア)の運営会社買収を発表した。クリアは勉強ノートの画像を他のユーザーと共有できる機能が人気。アジアにも進出しており、商品開発や海外展開での相乗効果を狙う。
オフィス関連では昨年11月に開設したECサイトで在宅勤務に使えるオフィス家具の販売が好調だ。今年2月には東京都港区の自社ビルを改装し、新しい働き方の実証実験を行える「ザ・キャンパス」をオープン。社員の位置情報を可視化して密集を避けるオフィスのあり方などを提案する事業の開発・展開を目指す。
岩井コスモ証券の清水範一シニアアナリストは「文具・事務用品市場は人口減少やペーパーレス化で需要が縮小していく。コロナ禍も追い打ちとなるなか、メーカーはアナログとデジタルを融合し、海外進出の強化や個人消費の掘り起こしを進めることが求められる」としている。
最終更新日:3/8(月)1:14 産経新聞