ゲーム機「ニンテンドースイッチ」の販売計画を2度上方修正し、12年ぶりの最高益を見込む。それでも、好調と不調の大きな波を繰り返してきた反省を心に留め置く。脱・カリスマ経営でいかに持続的な成長を成し遂げるのか。
(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)
古川俊太郎[ふるかわ・しゅんたろう]氏
1972年生まれ。東京都出身。94年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、任天堂に入社。経理畑を歩み、ドイツにある欧州統括会社に約10年間駐在。欧州の経営体制の整備に奔走した。帰国後、「ポケットモンスター」のコンテンツを手掛けるポケモンの社外取締役などを経験し、2015年に任天堂の経営企画室長に就任。ゲーム機やソフトの販売計画作りにも携わった。16年に取締役常務執行役員に就任し、18年から現職。休日にはゲームを楽しむ。
―今期(2021年3月期)は12年ぶりの最高益を見込んでいます。発売から4年がたつ「ニンテンドースイッチ」がまだ伸びていますが、その理由をどのように分析していますか。
スイッチの販売台数は4年目に入ってさらに勢いを増しました。これは20年3月に発売したソフト「あつまれ どうぶつの森」が大ヒットを記録し、スイッチに関心を持つ顧客層がかなり拡大したことが大きいと見ています。春先から年末にかけて強い需要が続き、ハード、ソフトともに販売が好調に推移しました。
―「ニンテンドーDS」や「Wii(ウィー)」など、これまでのハードは4年前後でピークを迎えていました。スイッチの先行きはどうでしょうか。
5年目を迎え、ハードのライフサイクルが長くなる中でどうしていくのかは、当社にとって一つの課題です。お客様それぞれにスイッチで遊び続けてもらうことが非常に大切になります。発売当初からのお客様もいれば、「あつ森」のような人気シリーズのソフトがきっかけのお客様もいます。顧客層が拡大していることを認識した上で、発売済みのソフトを含めて「スイッチにこういう遊びがある」と提案していかなくてはなりません。
●スイッチは寿命の「中盤」
―やり方次第でハードの寿命はもっと長くできる、と。
そうですね。スイッチのライフサイクルについては「中盤に入ったぐらい」と常々言っています。1つのハードで据え置き型と携帯型の両方の遊び方ができるので、そこに向けて多様なソフトを提案できる。ライフサイクルはまだまだ長期化できます。
―ハードの開発は特定の時期をターゲットにして進めているのでしょうか。
「何年に出す」ということはまったく決めていません。ただ、技術研究は常にやっています。ハードとソフトの開発チームが同じビルで密接にコミュニケーションを取りながら、どういった新しい娯楽の提案ができるかを考えています。ハードを1個つくるには何年か前から色々な仕込みをしていかなければならないので、止まることなくやっているというのが実情ですね。最終的に製品化するかどうかの決め手は「新しい体験を生み出せるか」です。
―スマホゲームの広がりで専用機の価値が低下するという見方もありました。
スマホの普及は、我々が戦略として掲げている「ゲーム人口の拡大」につながりました。世界の様々な人が、スマホやパソコン、専用機のそれぞれの特長を生かしてゲームを楽しんでいます。
クラウドやストリーミングといった新しい提供形態も出てくると思いますが、それはゲームを選ぶ上での最優先事項にはならないでしょう。どういったコンテンツ、どういったゲームを遊べるかが一番大事だと思っています。
その一方で、技術の進歩によってゲームの体験自体が大きく変わることがあります。これはいつの時代にも起き得ることなので、面白さの原点になるような技術の研究は常に積極的にやっています。
―(任天堂の中興の祖である)山内溥さんはかつて「ゲームの面白さとハードの性能は関係ない」とおっしゃっていました。
そこは一貫してそういう考えでやっていますね。もちろん時代は変わっていますので、変えていかなければいけない部分もありますが。
―時間の奪い合いという意味では、SNSなどのコミュニケーションツールも競合と言えそうです。
おっしゃる通りです。人が娯楽に費やす時間をめぐって、ゲーム機だけでなくあらゆるエンターテインメントが競争相手になります。そこでは結局、どういった遊びの体験を提供できるかが勝負の分かれ目になる。新しい面白いゲームを提供し続けることが我々にとって最も重要です。
任天堂のゲーム作りの基本は、なるべく「誰でも直感的に遊べるもの」にすることです。遊ぶための障壁を低くして、家族などなるべく多くの人が、コミュニケーションを介しながら遊べるようなものを多く作っていきたいと思っています。
●キャラクター活用、注意深く
―好業績の中、任天堂にはどんなチャレンジが必要だとお考えですか。
我々の中核ビジネスがハード・ソフト一体型のゲーム専用機であることは変わりません。ただ、どうしてもハードの世代交代が発生して、ビジネスの波が大きくなってしまう。
ビジネスを持続的に活性化する仕掛けが必要だと考えて取り組んでいるのが、ゲーム機以外の場所で我々のキャラクターを露出させることです。「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(大阪市)の新エリア「スーパー・ニンテンドー・ワールド」がオープンしますし、「スーパーマリオブラザーズ」のアニメーション映画も22年公開予定で制作中です。生活空間に近い場で任天堂のキャラクターに親しみを持ってもらい、最終的にゲーム自体に興味を持ってもらうのが狙いです。
―単純にキャラクターの露出を増やせばいいのでしょうか。
我々が大切にしなければいけないのは、それぞれのキャラクターの由来がゲームにあることです。お客様が長い時間をかけて遊び、愛着が湧いて好きになったキャラクターなんです。ゲームの世界観や思い出などを崩さないような展開にしなければなりません。ブランド価値を毀損しないように、注意深く進めています。
短期的に売り上げを増やそうと思えば、ほかの活用の仕方もあるでしょう。でも、長期的に任天堂が愛されるブランドであり続けるためにどうすればいいか。それは社内でもよく議論していますし、私自身もしっかり考えて判断するように自戒しています。30年以上にわたって築いてきた任天堂というブランドが、簡単におかしなことになるリスクがありますから。
―「ゲームは水物」と昔から言われています。手元資金が1兆円を超えていて投資家は資本効率が悪いと指摘すると思いますが、次のステップのために、ある程度蓄えておく必要があるのでは。
まさにおっしゃる通りで、我々の業界の特性を株主や投資家に理解してもらえるようにしっかり説明することがまず一番大事だと思っています。それとバランスを取りながら、必要であれば投資していきます。ただ、資本効率を意識した経営が求められているので、資本政策を含めて考えなきゃいけないことはたくさんあると思っています。
―1月にカナダのゲーム制作会社の買収を表明しました。
長年一緒に色々なソフトの開発をしてきたパートナーで、子会社化して一緒になった方が開発の品質やスピードを高められると判断しました。開発リソースが欲しいからやみくもに買収していくということではありません。単に規模を拡大するだけでは、任天堂が提供する娯楽の価値が本当に向上するとは思えませんから。
●山内氏の言葉引き継ぐ
―山内さんや岩田聡さんなどの過去の社長からどんな影響を受けましたか。
残念ながら、山内とは直接話したことがないんです。ただ、岩田やその後に社長に就いた君島(達己)から、山内の哲学などは聞いてきました。私は経営方針説明会などで「娯楽はほかと違うからこそ価値がある」と話しますが、これは山内の言葉です。我々にとっての普遍的な考え方や、現在の任天堂の礎を築いたのが山内なんです。
岩田は、それを引き継いだ上で、自分で考えて能動的に動ける人をたくさん会社に残してくれました。私は海外赴任していたときに岩田と一緒に働く機会が多くありました。こちらから相談したり、指導してもらったりして多くのことを学びました。
―岩田さんからはどんなことを学んだのでしょうか。
教わったものは多いです。ただ、具体的な言及は控えます。現役で任天堂にいる人間が「岩田さんからこういうことを学びました」と言うのは、岩田自身が絶対によしとしない。そこにはすごい確信があります。だから我々は胸に秘めていこうと思っています。
―岩田さんのようなスタイルを目指すというわけではないんですね。
そうですね。誰でもまねできるようなスタイルではないので。そこはやはり、自分でできることを、自分のやり方でやっていく方がいい。
―どのように任天堂のかじ取りをしていきますか。
前任の君島は、岩田の急逝という会社の緊急事態で社長を引き継ぎました。彼が取り組んだのは、カリスマでなくても経営できるように会社の仕組みを変えることです。私はその路線を引き継いで経営していきます。
山内の退任後に導入した集団指導体制を今も引き継いでいます。ハード開発の人間もソフト開発の人間も経営陣にいますので、私自身は開発のことにはまったく立ち入りません。ゲーム自体はすごく遊びますし、好きなんですが、ゲームの良しあしの判断は担当に任せています。
経営の根本にある考え方は継続性を持ったものです。ただ、ゲーム専用機のビジネスを30年以上やってきて、良かった点だけでなく、悪かった点も当然ある。時代も変わってきたので、現経営陣で冷静に判断して、変えなければいけないところは変えていきます。
―悪かった点、見直すべき点とは具体的にどういうところでしょう。
なかなかここで具体的には言えませんが、それはありますよね、色々。
―任天堂は打ち手が外れたことも多かったと思います。時価総額が約8兆円の大企業となった今、失敗を許容できなくなっている心配はないのでしょうか。
現状はスイッチの販売が非常に好調で業績も良いですが、全く安心していません。どんなヒット商品でも、娯楽のビジネスではいつか必ず飽きが来ます。我々はこれまで何度も、ビジネスが急降下する経験をしてきました。
ですから私自身も社内も含めて、この状況が長く続くとは全然思っていません。むしろ毎年正念場だと思っています。新しいお客様に、新鮮な驚きのある提案をしていかないと、いつでも我々の存在は忘れられてしまう。そういう危機感は常に持っています。
傍白
経営能力に年齢は関係ありませんが、経験はものをいいます。「世間の皆様と同じように驚いた」という社長就任は46歳の時。今はまだ3年目途中です。発言はかなり慎重な印象を受けました。それは「経験」と無関係ではないように感じます。「集団指導体制」でもあり、様々な利害関係者に配慮をしている面もあるかもしれません。
ゲーム機市場を作った山内さんは食品販売などいろんな事業で失敗した後にゲームにたどり着き、その後も奮闘を続けました。挑戦と失敗が大経営者を育んだのです。古川さんは長期に経営を担うはず。たくさん失敗して山内さんのような強い経営者になられるのが楽しみです。山内さんのように舌鋒鋭くはならないかもしれませんが。
最終更新日:3/4(木)18:00 日経ビジネス