FiNC Technologies(以下FiNC)創業者の溝口勇児氏が立ち上げ、本田圭佑氏、元ネスレ日本社長の高岡浩三氏といった経営者、著名な投資家らが参画する、ファンド運営・スタートアップ支援会社WEINグループが9カ月で「崩壊」したことが話題を集めている。
名前自体が看板になるほどの経営者や起業家、著名人、投資家が集まりながら、正式なプレスリリースも出せぬままに、本田、高岡両氏らを含む多くの旧経営陣がグループから「退任」する事態に発展したのはなぜなのか。
キーパーソンである創業者の溝口氏、そして旧経営幹部の一人であった元ネスレ日本社長の高岡浩三氏、および関係者への取材から見えてくるのは、急成長を信条とするスタートアップ企業のガバナンス観をめぐる深刻な対立だった。
共に会社を経営していく中で、経営陣のコミュニケーションがうまくいかないシーンは折に触れてあったようだ。
溝口氏自身も、自身が採用したい人材を西本氏の面接を経ずに採ってしまったこと、あるプロジェクトの発足が事後報告になってしまったことがあったと認める。
2020年8月中には本田圭佑氏と西本氏との電話会議で、西本氏から直接不満を言われたという。
「その後に西本氏と電話して、言いづらいことがあるかもしれないから、僕に対しての敬語をやめてほしい、さん付けをやめてほしい、定例会を毎週やりましょう、などと伝えました」(溝口氏)
決裂が決定的になった2021年12月末以降も何らかの落とし所を探る時間はあったはずだが、関係者への取材を通じても、ビデオ会議も含めて対面コミュニケーションをとった形跡はほとんどない。
溝口氏自身に確認したところでも、旧経営陣とは直接的なコミュニケーションはしておらず、退任や引き継ぎのやり取りはWEINグループCFOの高橋宏治氏や経営管理の担当者らを通じてのみだった、と言う。
高岡氏は、コーポレートガバナンスの感覚に大きな違いがあるため、一緒にビジネスをやっていけない、シンプルにそういう話なのだと明かした。
「(指摘した一連の問題は)法律に触れることではないんです。ただ、ガバナンスというのはそういうものではないでしょう。すると彼は、『法律には違反していない』の一点張りで。そうなると、他のメンバーは一緒にビジネスをやっていけない。だから単純にやめさせてくれ、と」(高岡氏)
高岡氏と溝口氏との出会いは、溝口氏が前職でFiNC代表を務めていた時期に遡る。知人経由で、高岡氏のファンだという溝口氏と知り合い、若手起業家コミュニティーとの付き合いが始まった。
ヘルスケアアプリを運営するFiNCは、2020年1月時点で累計で150億円強を調達するメガベンチャーだが、溝口氏が退任する直前期の2019年1月~12月時点での業績は約47億円の純損失を計上していた(2020年1月、溝口氏は代表を退任)。
「FiNCは過去に、ガバナンスができていなかったからこそ、長きにわたって(経営に課題を抱えていた)。(WEINで私は)経営そのものには参画しないからこそ、(ファンドに参画するプロの経営者として)かなり高所に立って、ガバナンスだけはしっかり見ておきたかった。こうしてWEINとの関わりがスタートしたわけです」
※高岡氏は、WEINのファンド「WEIN挑戦者0号ファンド」のGP(ジェネラル・パートナー)に参画
しかし、高岡氏が参加していた週1回の「投資委員会(定例会議)」では、高岡氏のアドバイスが聞き入れられないことが、しばしばあったという。
「私の意見を聞いているようで聞いていないところが散見された。自分の意見を押し通そうとする。これはFiNCの時から変わっていないのではないか」
こうした背景があったからこそ、溝口氏のガバナンス観に「危うさ」をそもそも感じていた、と高岡氏は明かす。
「倫理的な観点に則って、みんなを納得させて組織を運営することこそが、経営者の力です。
12月1日の会議の場では、我々も、部下も(一連の問題で)非常にギクシャクしているので、一旦経営から降りてほしいと。その間に、こうした状況の説明をしてください、と(伝えたのです)」
高岡氏のコメントから浮かび上がるのは、元外資系企業経営者としての高岡氏の「コーポレートガバナンス」を重視する姿勢だ。
そもそも高岡氏がWEINに参画した背景には、ネスレ日本社長退任以降、ライフワークとして「スタートアップと大企業の橋渡し」をしたかったことがある、という。
「失われた30年の間、大企業がイノベーションを果たせず、アメリカや中国にどうしようもない差をつけられてしまった。そのことに対する、現在60代から80代の経営者の責任はとてつもなく大きい」(高岡氏)
だからこそ、WEINでは自身の今までの経験を活かし、スタートアップでも特にガバナンスに強い組織を作りたかったと、高岡氏は当初の構想を振り返る。
「例えば、パワハラやセクハラも法廷で争って決めるものじゃない。実際、パワハラで訴えられた側が被害者になる可能性も、ないとは言えない。けれども、訴える方を守る方向で考えていかないと、会社組織のガバナンスとして機能するわけがない」
高岡氏は、お金の問題やパワハラなどのトラブルの種があった、そういった疑義が仲間内から生じた時点で、そもそもガバナンス上の「問題」があると考えるべきだ、とする。
また、投資側で参画した別の関係者の証言では、パワハラの問題、お金の流れの問題など、根拠は積み上げており、溝口氏サイドと対峙できるだけの十分な準備はあると説明する。
一連の指摘に対して、溝口氏は、取材の中で一貫して、旧経営陣側に具体的な証拠の提示を求めると繰り返した。しかし、話し合いの場が持てない以上、話は平行線のままだ。
高岡氏はWEIN経営陣の決裂を振り返りこう語る。
「(12月1日から)3カ月、すったもんだでやっとここまで来た。僕からすると子どもの喧嘩みたいなもので、全くお恥ずかしい」
「WEINは、溝口さんには申し訳ないが一旦ストップして、(このような状況を)皆さんに見てもらって、襟を正す機会にしてほしい。多くの頑張っている起業家に、悪い影響を与えるようなことは避けたい。それが(今回の決裂に至った)一番の想いです」
両者の言い分は、なぜここまでズレるのか。
本来は、ここまで決裂する以前に社内で解決できた問題にも思えるが、経営陣同士の根本的な信頼関係が揺らいでしまった今となっては、それも難しくなってしまった。
著名経営者らが数カ月の時間を経ても和解できなかった理由として考えられるのは、旧経営陣と、溝口氏との“ガバナンスの常識”があまりにすれ違ってしまっていたからではないだろうか。
創業まもないスタートアップにどこまでのガバナンスを求める必要があるのか、という議論はこれまでにもあった。しかしここ1~2年は、スタートアップのガバナンスに関わる問題が急速に問題視されるようになっているのも確かだ。
2020年末、恵比寿のラウンジで女性がテキーラ一気飲み直後に死亡した問題において、同席したスタートアップ起業家の倫理観が批判されたことは記憶に新しい。
急成長を目指すスタートアップという建前で、ある種、見過ごされてきた「(大企業と比較した時の)ガバナンスの甘さ」への風向きが、ここ数年で変わってきている。
一方で今回の件に関していえば、ガバナンス上の問題提起から決裂までの時間が、なぜここまで早かったのかという疑問は残る。
WEINでPR担当を務める瀧本裕子氏は、この3カ月の出来事をこう語った。
「ガバナンスの問題は(溝口氏個人だけの)話ではなくて、会社の話。経営陣にとっては他人事ではないはず。11月に新会社※ができて、これからそういうルールを作ろうという段階だったのに、なぜ?というのが正直な気持ちです」
※WEIN Incubation Group、WEIN Financial Groupのこと
(取材・文、伊藤有、西山里緒)
最終更新日:2/28(日)12:39 BUSINESS INSIDER JAPAN