日本経済の景気後退入りの可能性が高まってきた中で日銀はマイナス金利解除に踏み切りそうです。しかし、日銀はマイナス金利解除後も緩和的な金融環境を維持し、金利の一段の引き上げには慎重になることが予想されます。三井住友銀行チーフ・為替ストラテジストの鈴木浩史さんの分析です。【毎日新聞経済プレミア】
◇一時的に「景気後退」入りした日本経済
内閣府が2月15日に発表した日本の2023年10~12月期の実質国内総生産(GDP)の前期比の伸びはマイナスとなった。公的機関による景気の「山」「谷」とは概念は異なるが、統計上で2四半期連続でのマイナス成長はテクニカルリセッションと呼ばれる。
つまり、あくまで統計上では日本経済は23年後半に景気後退に入ったのだ。ただし、日本のGDPについては1次速報から2次速報への改定幅が大きいことが知られており、3月4日に発表された法人企業統計調査を受けて、3月11日に発表された2次速報で前期比プラスへと改定された。
GDPの内訳を見ると、消費の低迷が顕著だ。GDP全体はプラス成長に改定されたことで、いわゆる「テクニカルリセッション」ではなかったものの、日本経済の足もとの状況は芳しくない。家計は消費に前向きではないという状況であり、経済の状況は明るいとは言い難い。
◇インフレだけでも利上げの根拠は十分
一方、こうしたGDPの姿を見ても、多くの金融市場参加者は日銀が3月から4月にかけてマイナス金利解除を行うものと予想している。GDPの下振れは金融政策や為替に影響しないのだろうか。
まず大局的なところから言えば、日銀の目指す2%のインフレ目標の達成とGDPとの関係は比例的ではない。理論的には、インフレの安定のみを目標に設定している中央銀行であっても、その中銀がケアすべき項目にはGDP(正確には需給ギャップ)とインフレ(正確にはインフレギャップ)の双方が出てくるわけだが、インフレだけでも利上げの根拠は十分とも言える。
とりわけ経済が新型コロナウイルス禍からの正常化局面という特殊な状況の中、物価が「デフレとは程遠い状況になる」(植田和男日銀総裁、2月16日の発言)ならば、マイナス金利ぐらいは解除しておいてもよい、と考えるのは不自然ではない。
さらに、中央銀行の行動はフォワードルッキング(先読み的)な視座に基づいて行われる。すなわち、先々の経済が好転していくと見込まれるならば、足もとの経済が芳しくなくとも、利上げは正当化されうる。
もちろん未来は現在の延長線上にあるため、足もとの経済状況を完全に無視することはできない。日銀としては、今しばらくは出てくる経済データを注視し、見極めたいところだろう。だが同時に、今後の春闘での賃金決定により、家計の所得が改善し、消費が上向いていく、とのおよそのシナリオにも変更はなさそうだ。
◇マイナス金利解除後の追加利上げは慎重か
さて、中銀がケアすべき項目に話を戻そう。GDPが中銀にとってケアすべき項目であるならば、マイナス金利解除後の追加利上げは遠のいた、と考えるべきだ。
折しも2月28日に発表された1月の鉱工業生産指数が大幅に下振れしたことで、24年1~3月期のGDPは大きくマイナスになる可能性が出てきた。林文夫・政策研究大学院大学教授が公表している予測によれば、3月1日時点での1~3月期のGDP予想は年率換算マイナス8.2%となっている。足もとの国の経済全体の需要と潜在的な供給力の差を示す需給ギャップはマイナス1%以上に拡大するかもしれず、平時の経済が実現し得る「潜在GDP」との間には乖離(かいり)が見られる状況だ。
需給ギャップは、日本政府が06年以降に参照するデフレ脱却に向けた四つの指標のうちの一つとして取り上げられている。デフレ脱却から逆行するかのような需給ギャップの存在は、追加の利上げを妨げるのに十分な論拠となる。
◇緩和的な金融環境は維持
以上を考えれば、足もとのGDPは円安要因だ。日銀が今後も緩和的な金融環境を維持していくことが正当化される内容であり、日銀は金利の一段の引き上げには慎重になることが予想される。
GDPは、短期売買を選好する金融市場参加者の間ではあまり重視されない指標ではあるが、マイナス金利解除後の追加利上げが焦点である状況では無視すべきではない。
最終更新日:3/16(土)9:30 毎日新聞