電気自動車(EV)を巡る世界的な市場競争が、思わぬ産業を揺るがしている。家庭でおなじみの土鍋の生産が、年内にもピンチを迎えそうなのだ。急進する中国の企業が「ある鉱物」に目を留めたことが、混乱の始まりだった。
◇土鍋の産地支える「ペタライト」
鉱物は「ペタライト」と呼ばれる鉱石。焼き物の原料に加えると、耐熱性に優れ、急激な加熱や直火(じかび)にも強い製品に仕上がる。三重県の地場産業「四日市萬古焼(ばんこやき)」は1959年、全国に先駆けてペタライトを配合した陶土を開発した。台所にガスが普及した高度成長期と重なり、土鍋の国内シェアの8割を占めるまでに成長した。
ペタライトは国内で調達できないため、アフリカ南部のジンバブエから輸入してきた。陶土やうわぐすりといった窯業以外の需要は少なく、価格は安定し、萬古焼をはじめ佐賀県の有田焼など全国の焼き物の産地を長年支えてきた。
◇中国企業が買収 「年内持つか」
その均衡が昨年、大きく崩れた。レアメタル(希少金属)の採掘や精錬を手がける中国企業が、世界有数のリチウム埋蔵量を誇るジンバブエの鉱山を買収し、日本向けの輸出がストップしたのだった。
輸入販売を手がける国内の代理店によると、鉱山側から今後、中国向けしか出荷しない方針を告げられたという。萬古陶磁器工業協同組合理事長を務める「銀峯陶器」(四日市市)の熊本哲弥社長は「国内外にある在庫をかき集めて、年内の生産が精いっぱい」と頭を抱える。
◇EVシフト リチウム含めば高騰
なぜ、中国企業は鉱山を買収したのか。それはペタライトに含まれるリチウムが狙いだ。
EVに搭載されるリチウム電池の需要は拡大し、原料価格は急騰している。国を挙げてEV産業を強化し、輸出国としても存在感を増す中国にとって、リチウム資源の占有は今後の伸長のカギを握る。
ペタライトはこれまで、資源としてさほど注目されてこなかった。理由はリチウムの含有量だ。リチウムの原料となる鉱石は「スポジュメン」が一般的で、含有量は6%以上。これに対してペタライトは4%で、3分の2にすぎない。
輸入に関わってきた事業者は「この含有量の違いは大きい。製造コストがかかり、ペタライトは採算面から見向きもされてこなかった」と説明する。かつては鉱山側から「余っているので窯業以外にも何か使い道はないか」と問われたほど。しかし今、リチウム電池になり得る資源は全て高騰し、様相が変わった。
◇「土鍋のためにあるような材料」なのに
ペタライト不足に直面し、産地では代替技術の研究を急いでいる。
三重県工業研究所窯業研究室は10年ほど前から、代替原料に関する研究を続けている。原産国ジンバブエの政情不安が背景にあった。その結果、性能を落とさずペタライトの使用量を低減する技術開発は一定の成果があった。しかし、ペタライトに代わり得る原料のメドは立っていない。
主幹研究員の林茂雄課長は「つくづくペタライトは土鍋のためにあるような材料だと思う。最初に開発したメーカーは最適な配合方法を見つけ出すのに苦労したが、技術を確立した後は、多くのメーカーが簡単に熱に強い鍋を作ることができた」と話す。
◇交渉進む兆しも 期待と不安の産地
ただ、中国の景気減退が指摘される最近になって、鉱山側が代理店の交渉に応じる姿勢を見せ始めたという。今後、交渉の場が設けられる見通しだ。
産地は期待を寄せる一方で、不安も消えない。土鍋は買い求めやすい商品が一般的で、高値を提示されれば原料としての使用は厳しいからだ。
「細々とやってきたオールドセラミックスの業界が大きな波に巻き込まれてしまった」と熊本社長。日本陶磁器工業協同組合連合会は経済産業省などに対し、情報収集や支援を求める働きかけを続けることにしている。【太田敦子】
最終更新日:9/21(木)16:47 毎日新聞